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タテジマに魅せられて

ときめいてシ〜ズン!勝とうぜ!阪神タイガース!!折れない心で前進しよう!お楽しみはこれからじゃ〜!!HANSHIN Tigers,It’s my life!!
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信頼の証
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 一晩経っても言葉が出ない。昨日の記事も複雑な気持ちで書いて、無理に自分を納得させようと思っていたがそんな簡単に納得なんてできるわけがない。

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| T−コラム | 22:09 | comments(0) | - |
(赤)星に思いを
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 辞めないでくれ!!引退なんてしないでくれ!!という気持ちがあり。

 でもこれ以上やったら命に・・・半身不随の危険性が・・・そう思うと「もうこれ以上・・・」という気持ちもあり。

 そんな気持ちで以下の文章を書きました。

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| T−コラム | 22:46 | comments(2) | - |
Yellow sunshine
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 これが役目というものである。

 どんなときでも、もしかしたらチームで一番失敗が許されない場所で勝負をしているのかもしれない。

 言うまでも無く打者は3割打ったら上出来という世界で戦っている。しかしこの人に関しては3割では納得してもらえない。

 終盤の勝負どころでまわってくるのが桧山選手の出番である。

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| T−コラム | 22:26 | comments(2) | - |
二刀流満開(7月19日の能見投手を改めて褒めます)
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 7月19日の能見投手の投球内容があまりにも素晴らしいので、HDD録画しておいた試合の中から能見投手の投球場面と10回表と裏の場面だけ編集して保存することにした。

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| T−コラム | 22:30 | comments(0) | - |
センターポール
 世界一を奪いに行く。イチロー選手の言葉から始まった世界一奪取作戦。WBCにとって日本はディフェンディング・チャンピオンだけど、直近の世界大会である北京オリンピックで4位に甘んじている日本は紛れもなく挑戦者の立場であった。

 対戦方法に対しては色々あると思うが、相手は韓国代表。WBC的には挑戦者であるが、直近の世界大会である北京オリンピックのチャンピオンである。

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| T−コラム | 00:07 | comments(0) | - |
神様の笑顔
 ここ数日、チームよりも話題のカーネル・サンダースさん。道頓堀から引き揚げられたこと、それがおよそ24年ぶりであったことが大きな話題となっている。

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| T−コラム | 22:48 | comments(2) | - |
その人、勇気を失わず 〔虎っくばっく参加記事〕
 過去のミスタータイガースと呼ばれる人はいずれも強烈な記憶を残す中心選手だった。

 今でも充分な評価をされているのだが、それでも過小評価と思える選手がいる。その選手が今年のタイガースMVPだと俺は思う。

 何を持ってミスタータイガースとするかは明確な基準が無い。それは周囲の人々の印象や、自然発生的に沸き起こる声によるものなんだろう。

 2008年のシーズン、誰もが苦しさを感じた。そして多くの人が弱気になった。俺も記事を書くのが辛かった。でもそんな気持ちの中にあって記事を書き続けることが出来たのは、間違いなく1人の偉大な選手のおかげだったと断言できる。

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| T−コラム | 11:54 | comments(4) | - |
月日は百代の過客にして
 行かふ年もまた旅人なり・・・・・

 岡田監督とともに歩んだ5年間が終わった。

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| T−コラム | 22:16 | comments(4) | - |
【本日2本立て】 今岡誠に魅せられて
 始めにお断り。この記事は今岡選手の大ファンである私が今岡選手への気持ちを綴ったものです。普段は賛否両論のコメントにもお返事させて頂いていますが、この記事に関してのコメントは今岡選手の復活を願う方からのみしていただければありがたく思います。以下、本文。
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| T−コラム | 21:24 | comments(2) | trackbacks(0) |
こっちだって理屈じゃない感情がある 【今岡誠 応援宣言】
 産経新聞の記事に、代打の切り札について書かれていた。この記事ではタイガースの桧山選手のことを取り上げていたのだが、桧山選手を応援する気持ちの中には\犬抜きである、暗黒時代からタテジマに袖を通していた。という2点が大きく影響していると思う。

 俺にとって桧山選手は年齢も非常に近い選手で親近感も湧いている。そんな選手が代打であることの寂しさと、代打でも必死にプレーする姿に言葉にならない気持ちが湧いている。

 言葉じゃない気持ちを桧山選手に持つ一方で、理屈とかそういうものではない感情で応援している選手がいる。それが今岡誠選手だ。

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| T−コラム | 21:56 | comments(10) | trackbacks(2) |
Go back again
 そろそろ2008年のシーズンが始まる。今年も甲子園に行くんだけど、おそらく今年は俺が甲子園で試合を観戦し始めて10年目に当たる。それほど10年前は甲子園が遠かった。遠かった理由は色々あるけど1番目の理由は金銭的な理由だったと思う。

 1回甲子園に行くためには2回の横浜スタジアムを我慢しなけりゃならない。それが我慢できなくて午後から仕事の休みをもらって横浜スタジアムに試合を観に行っていたことを思い出す。

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| T−コラム | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
六甲おろしよ高らかに 【お友達ブログのタイトル使用許諾済】
 六甲颪は好きですか?そう聞かれたらタイガースファンは「好き。」と答えるだろう。俺もそう答える。

 ではどの場面の六甲颪が好きですか?と聞かれたら答えは結構違ってくるかもしれない。
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| T−コラム | 21:33 | comments(2) | trackbacks(0) |
ニカッッッッッッ
 それが本当に円満だったのかは知る由もないが、シーツ先生の退団は変な確執も感じさせない爽やかなものだったと言い切りたい。

 退団に向けてのコメントは公式HPなどで発表されているのでご参照いただければ良いのだが、近年稀に見るクリーンな退団だと思う。

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| T−コラム | 20:59 | comments(2) | trackbacks(0) |
【2本立て】 金本選手のメッセージにお返事を書いてみる
 大阪日刊スポーツに金本選手のメッセージが掲載されていた。印象に残る言葉が多かったので俺もお返事を書いてみる。
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| T−コラム | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
忘れたとは言わせねぇぜっ!!
 タイガースに桜の開花宣言が出た。

 開花である。満開になるかどうかはこれから次第であるのは間違いない。

 しかし長い間つぼみのままでいた桜がやっと咲き始めた。

 長い冬だった。「きっと咲いたらきれいだろうな。」みんながそう思っていた。桜を育てている人たちもそう思っていて色々な肥料を与えてきた。
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| T−コラム | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
笑顔奪還大作戦‘07春
 苦戦しているとどうも色々と悪い方向に考えがちで、勝っても文句、負けたらまた文句という悪い循環にはまってしまっている人も多いと思う。まだたったの8試合?しかやっていないのに。

 確かに関本選手も濱中選手も苦戦しているし、打順だって上手くいっていない部分もある。でもまだ始まったばかり。結果ってそんなにすぐに簡単に出るものじゃないと思うし、ここは1つ俺たちファンもガマンして応援すべきときじゃないかと思う。 

 そしてこういうときこそ、タイガースを信じて愚痴などを言わずに応援するファンでありたいと思うものだ。
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| T−コラム | 21:19 | comments(8) | trackbacks(1) |
気合入れてこ〜ぜっ!!
 ファンに垣根は無い。別に難しいことを書くわけじゃないけど、そういうことを言いたい。

 俺はタイガースが大好きだ。何年ファンであろうとどれくらい好きであろうと関係ないと思っている。それは昨日も書いたとおりだ。

 好きという気持ちは好きになっている本人でさえも分からないもので、好きだと思う「その気持ちに気づいた途端に更に好きになっている。 
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| T−コラム | 22:09 | comments(6) | trackbacks(0) |
味わう 飛び込む
 寝癖を直しながら鏡を見て、なんか白髪が混じってきたなと思いながら支度する。

 いつも仕事に行くような時間に起きて支度して、でも行先だけは静岡駅で、そして新幹線に乗る。喫煙車両しかなかったけどタバコを吸っている人はいなかった。

 新大阪から地下鉄に乗り、梅田に出て甲子園へ。いつもはJR神戸線を利用して甲子園口に行ってからだから阪神電車で甲子園に行くのが久しぶりのような新鮮なような気がする。
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| T−コラム | 22:57 | comments(2) | trackbacks(0) |
勝利に感謝        (使用許可取得済)
 ブログ友達のユタパパさんたちがスタンドで掲げる『勝利に感謝』のメッセージ。これを見るたびにいつも思うのは分かりやすく、そして忘れられない気持ちがあるということだ。

 あの頃・・・・・俺のブログでも何度も書いているけど、まだ客席がガラガラだった頃、その日の天気を朝、新聞で見て「よし、行くか!」と静岡から新幹線に乗り高架下で並んでいた頃。それは行先が違うだけで高架下が関内駅に変わったりもした。
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| T−コラム | 19:20 | comments(6) | trackbacks(0) |
【2本立て】 唸れ今岡 誠の救世主
 はっきり言やぁ、阪神タイガースじゃないチームでプレーしている姿が想像できない。タテジマじゃないユニフォームを着ている姿が想像できない。だからこれでよかったと思えるし、そういう選択をしたことを称えたいと思う。

 友達の輝石くんが自分のブログで書いているけど、俺も本当にそう思う。内容が被ってしまうと思うけど、無条件に減俸を受け入れ、捲土重来を期すという姿は清々しい。まさか彼がそういうことを言うとは思わなかった。
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| T−コラム | 22:34 | comments(4) | trackbacks(2) |
Ever green
 そこにあることが当然でありながら、やはり一時的にせよ無くなるというものは寂しいものだ。

 行く度にそこに当たり前のようにあるから有難味を感じないものかもしれないけど、やはりあることは特別なものだと思えるようになった。
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| T−コラム | 22:35 | comments(0) | trackbacks(1) |
7,500円のスタート
 正直言って驚いたと言うのが感想だった。

 SHINJO選手が引退会見で、「タイガースに入団して最初の給料で買った7,500円のグローブ・・・」という言葉を出したときだ。
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| T−コラム | 21:10 | comments(0) | trackbacks(2) |
Thank you for great season.
 まったく面白いシーズンだった。オールスター直後からの試合展開では、ファームの選手の登場も早まるかと思ったがとんでもなかった。まったく面白く、素晴らしいシーズンだったと断言できる。
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| T−コラム | 21:50 | comments(0) | trackbacks(2) |
【2本立て】 か〜たおか あつし〜♪
 片岡さんが引退した。

 日ハムから涙のFA移籍でタイガースに入団。日ハムでも人望があったと知ったのはその時だった。
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| T−コラム | 20:09 | comments(2) | trackbacks(2) |
【2本立て】 全力!激走マッチー!!
 町田選手の引退が報じられている。

 広島東洋カープに在籍していた最後の年に、コーチ就任を要請されたけど現役にこだわってタイガースへやってきた選手で、代打本塁打の記録を持っている選手。ということしか知らなかった。
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| T−コラム | 20:17 | comments(2) | trackbacks(0) |
今日だけは許して欲しい言葉
 今日は親戚のお見舞いで隣県へ。実際に会ってみると安心する。もう闘病生活も長くなる。昨年の日本シリーズ直前からだったから。
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| T−コラム | 17:23 | comments(4) | trackbacks(1) |
だから言ってんだろうが!
 西日が淀川の水面で反射する。思わず目を細める。

 梅田から阪神電車に乗ってしばらくすると地下をでる。やがて電車は淀川を渡る。漫漫たる水量はいつ見ても同じ。でも新大阪から大阪梅田に向かう途中に渡る淀川とは同じ河川であっても随分と趣が違うものだ。

 新幹線の冷房も弱めになった9月中旬、車窓に差し込む日差しは相変わらず暑く、若干の不快さを伴って肌に絡み付いた。
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| T−コラム | 20:07 | comments(2) | trackbacks(0) |
幸せの存在感
 そこにいるだけでその家は栄える。なんて書くと座敷童子のことを書くつもりか?なんて思われるかもしれないけど、なぜか幸せを運んでくれた選手がいる。

 2003年から背番号0を背負う中村豊選手がそれだ。
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| T−コラム | 21:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
【本日3本立て】 さぁ、ここから応援しよう 【長文】
 土曜日はナゴヤドームで観戦してきました。ナゴヤドームに、そしてドラゴンズにどうこうってのは今回は無かったのですが、味方であるはずのタイガースファンに嫌なものを。。。。。見ちまったっていうか近くにいやがったって言うか。でした。

 座った席は10列目のはずが行ってみたら前から2列目。いやぁ、近いなぁ。覚悟していたけどネットが!ネットがぁ!!ですわ。

 で、試合はご存知のとおり、先制したものの取られまくって負けてしまったわけです。2回には早くもレフト側からメガホンが飛びました。まぁ、これはフェンスの手前で失速してグランドに落ちなかったのですが。(悔しいだろうけど投げるなって)
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| T−コラム | 20:12 | comments(6) | trackbacks(1) |
咲き誇れ、その腕(かいな)
 どうにも優雅な速球派になったものだ。あのホップするストレートは誰にでも真似が出来るものではない。ドラマや漫画の世界の中の話かと思ったほどだ。野球漫画の名作「ドカベン」でもあんな球は投げていない気がするし、巨人の星でもあぁいう種類の球は無かったような。あ、「レッドビッキーズ」にはあったかな?

 登場する時に思わずみんなで歌ってしまう「every little thing , every precious thing」。この曲を選んだきっかけは昨年のオールスターに出たときにデイリースポーツに掲載された特別手記に載っているので省略するけど、家族の、奥さんへの感謝の心が、思いが詰まった選曲だと聞いて、俺は彼の初勝利のシーンを思い出した。
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| T−コラム | 00:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
【2本立て】 ♪それ行けGo!新庄
 34歳と書かれていて「もうそんな歳になるのか。」というのが正直な感想。SHINJO選手が引退宣言した。まさかねぇ、という気持ちがとても強い。コメントの中で、以前のようなプレーができないなんて本人に言われちゃうとSHINJOであること、あり続けることにプライドがあるであろう選手を引き止めることなんて出来ないんだなぁって思う。

 彼に関してのエピソードは多すぎて紹介しきれるものではない。92年の亀新フィーバーでその名を知り、その後は人気先行とか言われながらも弱すぎた時代のタイガースでプレーした。

 成績が悪すぎてスタメン外されて、応援団に応援までボイコットされたりして、それでも新庄選手はプレーしつづけた。タイガースは一時期、たしか吉田監督の頃だったと記憶しているけどセンターに新庄選手の代わりに坪井選手を入れた。でもある試合で新庄選手を使ってみたところスーパープレー。「あの守備だけでも3割打者と同じ価値がある。」と言わしめ、以降スタメンを張りつづけた。相手チームも新庄選手のところに打球が飛んだだけで3塁でランナーを止めたり、タッチアップをあきらめたりした。

 ノムさんが監督の時もIDとかとは正反対。敬遠球を打ってサヨナラ勝ちとかもあった。今ではチャンスで何をやってくれるかわからない選手といえば今岡選手だけど、新庄選手がそれ以前の「本当に何をやってくれるか(っていうより、やらかすか)わからない選手」だった。相手チームの最後のバッターがセンターライナー。かっこよくダイビングキャッチしようとしたら目測を誤ってワンバウンドしておでこに当ててしまったとか、そんなプレーもあった。(ちなみにその試合は無事に勝った)

 脚が速いのに盗塁をしないのは「お尻を痛めるから。(一説には臀部は故障持ちとか?)」と言ったのは本当か?ウェートトレをしないのは「デニムが履けなくなるから。」は本当か?きっと本当なんだろうな。

 タイガースに在籍した最後の年に入団以来最高の成績。やっとこれでタイガースの4番が見つかった!と思ったらFA宣言。しかも行き先は「NYメッツです!」・・・・・交渉していたことすら知らなかったよ。二刀流をやったから投手で行くかと思ったが(んなこたぁない)、しっかり野手で行っていた。あぁ、よかった。

 メジャーに行っても「何をするかわからない」のは変わらない。1塁ランナーだったときに、センターフライで2塁めがけてタッチアップ。見事成功したこともあった。実はワールドシリーズに初めて出場した日本人野手は新庄選手だった。

 「いや、阪神では背中のローマ字は『SHINJYO』だったけど、こっちでは『SHINJO』なんだって。」と笑っていたっけな。

 帰国後だって驚きの連続。タイガースのセンターには入団会見で「新庄選手の穴は僕が埋めます。」と宣言した赤星選手がいた。それでも帰ってきて欲しかったけど彼が選んだのは「これからはパ・リーグです!」の言葉と共に北海道日本ハムファイターズだった。しかも「これからは『ハムの人』です!」と言い放った。もちろん『ハムの人』のCMは、親会社の日本ハムの競合会社(確か丸大食品)のCMで使われているキャラクターであることを彼は知らなかった(と思われる)。

 それまでプロ野球選手の契約シーンは公開されることは無かった。統一契約書も見たことが無い。その契約シーンにテレビカメラが初めて入ったのは新庄選手が契約書にサインするシーンだった。

 新庄からSHINJOへ。電光掲示板に『SHINJO』の文字が縦書きだったり横書きだったりで試行錯誤していた。 

 入団後の活躍は割愛。でもMVP宣言でオールスターMVP獲得したり、やることは変わらなかったなぁ。っていうか被り物とかしてレベル?は上がっていたね。昨年から始まった交流戦。タイガースの主催ゲームの中では北海道日ハム戦が一番最初に売り切れたのは、みんなきっとSHINJO選手を見たかったからだと今でも思っている。相手ファンからも人気を集める選手だ。

 43,000人の満員の観衆が集まったことが、彼の最後の決断をするきっかけになったことは皮肉っていうか「そんなつもりじゃないのに!」というのが観衆の本音だろう。今年1年、いつも札幌ドームに43,000人来てくれるように、そして来年以降もいつも大観衆で埋まるように。その願いを心に秘めた引退宣言だと思う。

 日ハムが北海道に移転した。高校野球では北海道の駒大苫小牧高校がここ数年大躍進している。北海道に蒔かれた「野球の種」。それを蒔いたのは誰かわからないけど、水をあげて、肥料を加え、除草してという作業を率先して行った人の中にSHINJO選手の名前は確実にあった。本当はこれからが収穫の時期だったのかもしれないのに。

 今年も俺は日ハム戦の観戦予定は無い。でも観戦に行って「お疲れ様!」とか「ありがとう!」とか言う機会はなんかこれが最後じゃないような気がする。だって引退後もどこかでなにかやって、みんなを楽しませてくれそうだから。

 「さよなら」よりも「今度はどこで会えるの?」、「やめないで」よりも「これからも(他の分野で)楽しませてよ!」くらいの気持ちでちょうどいい。

 新庄剛志という34歳の男が新庄選手とSHINJO選手であった時間に敬意を、そしてそれを共有できたことに感謝を。お互いに「Good Luck!」そんなことを言い合って見送るのがSHINJO選手らしいかな?なんて思いながらタイガースファンも歌ってみない?

 ♪それ行け Go 新庄〜 燃える男〜 それ行け Go 新庄 根性見せろ〜♪ って。
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| T−コラム | 23:22 | comments(2) | trackbacks(1) |
【2本立て】 背中に炎を背負う男
 男はオフに鹿児島のお寺(最福寺)をたずねる。燃え盛る炎の前で一心に経を唱える。そのとき頭に浮かぶものはおそらく何も無い。いや、浮かべるという次元の話ではないはずだ。終わったあとには火傷の跡のようなものもできるという厳行にどうしてそこまで挑むのか?しかしそれが彼の選手生命を表して来た。

 主力選手がFA移籍や怪我で欠場する中、彼は「自分まで欠場したらチームはどうなるんだろう。」という危機感を持つ。ある試合の前には達川監督(当時広島)と星野監督(当時中日)の会話を耳にする。「どんな選手が助かるか?そりゃ出続けてくれる選手だ。」。

 その言葉を耳にして誓いを新たにする。 

 アニキの年齢でこの連続試合数ということは、30歳近くなってから始まったものであるはず。20代中盤くらいから始まっていたら今はもっと凄い数字になっていた。しかし自らを雑草といい、「雑草はアスファルトからでも伸びてくるが、お前はコンクリートの間からでも伸びてくる。」と言われるまでに精進を重ねた。その姿が出始めたのがその時期だったということだろう。それまでは苦手でもないのに相手が左投手の時には代打を出されることもあった。

 燃え盛る炎の前で行われるのは護摩行。護摩とは仏教で所願をかなえるために行われる火の行。しかしその所願とは本来は人間的な目先の願望のことではない。そしてその行は背中に炎を背負う不動明王様の前で行われる。

 背中に火を背負い、憤怒の形相で涙を飲み込み邪を祓い、多くの人を救う不動明王様の姿を前に祈りを終えた後、彼は何を思うのだろう。

 だが、彼のプレーそのものが、背中に炎を背負い、辛さも飲み込み、チームに棲まう弱気を払いのけてきたことを知るファンは多い。護摩で得たものを彼は姿でチームに持ち帰り、多くの選手を覚醒させてきた。なんと徳のある選手だろう。

 自分の道を求めるために厳しい姿を見せてきた選手は何人か見た。おそらくソフトバンク・ホークスの王監督の選手時代もそうだったと思う。(決して王さんが自己中心であると書いているわけではない。むしろ、そこまで自分に厳しく自分を高めることが出来ることは常人の出来ることではなく、そのホームラン世界記録は日本の誇りだと思っている。)

 だが、私はいままでプロ野球ファンでありながら、これほどまでに周囲の選手の意識や表情を変えてくれた選手を観たことが無い。

 前述した王さんも、世界の盗塁王の福本さんも、40代で30本かっ飛ばした門田さんもきっと壮絶な自分との戦いがあったはずだ。

 でも彼は自分と戦い、周りも戦う集団に変えた。周りの見る目も変え、他の選手にも後に続いてみようと思わせることが出来ている。そしてそれは彼ほどの打力を自分が持っていなかったとしても目指せるものだ。脚が速いものなら脚で、巧さがあるものは巧さで、そうやって自分の長所で目指せる記録。それがどれほど尊いものか。

 今でも彼は背中に炎を背負い、チームに足りないものがあると自らの姿勢と言葉でそれを補い、選手に気付かせる。904という考えられない連続出場記録はこれからもきっともっと伸び、1000試合だって達成してくれるだろう。厳しさの裏側にある優しさ。憤怒の形相で涙をグッと飲み込む、慈悲に溢れる不動明王様の姿をチームに持ち帰った姿は、もう2度と「ダメ虎」なんて言わせない覚悟を選手やスタッフ、そして私たちファン全員にくれた。

 連続出場、本当に素晴らしい記録。でもその中味は数字以上に素晴らしく、そして何色にも変えがたい色で彩られて、これからも褪せることなく輝き続けるはずだ。

  金本知憲選手

 連続フルイニング出場世界記録達成 

 本当におめでとうございます。


 あなたの現役時代を、しかも全盛期を見ることが出来ることを本当に幸せに思います。さぁ、次は905試合目が待っていますよ!!あなたの出場が、これからは世界新記録です。

俺はもう、セレモニーを観ていたら涙が止まらなかったよ。
| T−コラム | 19:41 | comments(8) | trackbacks(17) |
No Tigers No My Life 〜タイガースの無い人生なんて〜
 タイガースの無い人生が考えられないように、そう思う人がいないタイガースも考えられない。
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| T−コラム | 22:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
I surrender,Tigers! 〜タイガースには、やられたぜ〜
 たった1つのホンの小さな出来事がその人の未来を変えてしまう。そんな出来事は生きていれば何回かあることだ。小さな出来事が重なって少しずつの修正が加えられ時間を過ごして行く。そしてその連続こそが生きているってことなんだろうけど一体何がその時に起こったのかは正確に覚えている出来事ばかりじゃないことだけは確かだ。
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| T−コラム | 22:47 | comments(2) | trackbacks(0) |
【2本立て】 HANSHIN Tigers, It’s my life!
明日からキャンプイン。ってことで、やっと実際に動いている選手の記事や中継を見ながら記事を書くことができる。これは嬉しい。反面、リンクさせて頂いている方でブログをお止めになっている方もいる。これは寂しい。でもファンを辞めるわけでもないだろう。ファンを続けていればきっと会えます。球場で会いましょう。

 そういうわけで、今年の所信表明記事を俺も書いてみようかと思う。
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| T−コラム | 21:25 | comments(4) | - |
笑い声を遺して
 近鉄、オリックスで監督を歴任された仰木彬さんがご他界された。まだ70歳という若さで。

 監督業は大変ハードなものであるというのは言われていること。昨年の合併球団監督に就任した際にも「グランドで死ねれば本望」という言葉で周囲の心配する声を笑い飛ばした。

 合併前の両球団の監督を歴任されたからといってもそれは当然ながら同時ではなく、別々にである。

 しかし共通することは、仰木さんが監督をされた時期、監督をされたチームからは日本人メジャー選手が次々と旅立っていった。それは仰木さんの戦術や戦略のように、常識や先例にとらわれることなく、「できない」がスタートではなく「できるかもしれないならやってみよう」の気持ちだったんじゃないかと思う。

 そういった空気が在任中や退任後も残り、野茂、イチロー、長谷川、吉井、田口といった各選手のメジャー挑戦へつながっていたんだと思っている。

 あの伝説の10.19。当時の12球団で唯一日本一経験の無い球団が日本一に挑戦する資格を得るためのリーグ優勝に王手をかけた日。8ゲーム差?を逆転できるか?!日本中が川崎球場のダブルヘッダーに注目していた。

 未曾有の災害をもたらした阪神淡路大震災。そして「がんばろうKOBE」でリーグ優勝、翌年は日本一。

 仰木さんの行くところには切ないほどの感動があった。

 それだけじゃない。明るさも振りまける人だった。登録名「イチロー」。登録名変更は今では珍しいことではないが、当時としてみれば名前の漢字を変えるだけならあっても、カタカナ表記という珍しさ。そしてイチロー選手の素質を見抜いた慧眼。全てが今のプロ野球に影響を残している。

 「パンチ(佐藤)」。本名に入っていない「パンチ」というファンにも呼ばれた愛称を登録名にしてしまう思い切り。全てが楽しく、そして楽しませることにつながる稀代のエンターテイナーだった。

 今でも仰木さんで思い出すことがある。それはパンチさんのプレーがらみなんだけど。

 当時のパンチさん、なんとかガラガラのスタジアムを盛り上げようとして、お立ち台に上がったときは「オリックス・ブルーウェーブ!並びにこのパンチ佐藤のために!今日は13万5千人のお客様(観客数は試合によって変更)!ありがとうございます!!」とやっていた。超満員でもそんなに入るわけが無く、その10分の1も入っていないのだが。

 そのパンチ選手がある試合でデッドボールを食らった。当りはそんなに酷くないのだがパンチ選手は倒れこんで立ち上がれない。慌てるベンチ。当時監督だった仰木さんもベンチから駆け寄ろうとする。

 するとそのときだ、パンチ選手は勢いよく立ち上がり、1塁へ向かって全力疾走したのだ。

 大爆笑する観客席、そしてベンチ。仰木さんも大笑い。これは「プロ野球珍プレー好プレー」で放送されたのだが、そのときの仰木さんの笑い声の「あっはっはっはっは!あ〜っはっはっはっは!!」が忘れられず、僕が「仰木彬さん」で思い出すのは、今でもこの笑い声だ。

 一時期は低迷する阪神タイガースの監督候補になったりして、その監督手腕は高く評価されていたんだと思う。

 笑顔、ポジティブ、そして勝負への執念。人を惹きつける、人を引っ張る。それはどういうことなのか?理想の上司にも上げられるであろう雰囲気。当時のパ・リーグへの注目度を確実に上げ、メディアや世間へも訴えかけたその貢献度は計り知れない。

 今までプロ野球のために尽力され、最後の恩返しのように合併球団という難しいチームを束ねる監督業を勤め上げ、さぁこれからは今まで以上の高い見地からプロ野球を楽しく観てほしい。そう思っていた矢先に天国へ召されるなんてあんまりだ。早すぎるよ。

 『不世出の魔術師』仰木彬さんは『仰木マジック』とまで言われた魔法を使い、周りが驚く早さで自らも隠してしまった。僕達の心の準備も出来ないうちに。

 今でも僕の耳には仰木さんの大きくて豪快な笑い声が残っている。きっとこれからも天国から好プレーに拍手を送りつづけてくれると思う。

 名監督、名伯楽、稀代の戦略家・・・・・仰木彬さんのご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
| T−コラム | 20:13 | comments(4) | trackbacks(13) |
【タイガース設立記念日】 HAPPY BIRTHDAY Tigers!!
 1935年12月10日、大阪に後に日本一となる会社が設立された。その名は「株式会社大阪野球倶楽部(大阪タイガース)」。のちに「阪神タイガース」と呼ばれ、日本中にファンを持つ人気球団となる。

 そう、12月10日はタイガースの誕生日だ。

 この国に、自分が住んでいる国にタイガースがあって良かったと思ったことは1度や2度じゃない。自分の生活の中にタイガースがあって良かったと思ったことも1度や2度じゃない。

 新幹線と阪神電車を乗り継げば3時間かかるけど、それでも毎月のように甲子園に行ける距離に住んでいて良かったと思ったことも数多い。できればもう少し近くに住んでいたかったけど。

 俺が住んでいる静岡からは横浜スタジアムが一番近いけど、それでも甲子園に行ってしまうのは、関西の空気の中でタテジマを甲子園で応援するのが好きで、その時間が幸せだから。

 仕事で嫌なことがあっても、プライベートでムカつくことがあっても、それでも毎日問題無く暮らせるのは、きっとタイガースのことを考えることができるから。

 ブログを初めて1年半以上、こうやってほとんど毎日記事を更新できるのはタイガースの事を書いているから。

 グワッと盛り上がった気持ちが冷めることなく、むしろ上昇しながら続いているのも、相手がタイガースだから。

 そしてその気持ちがこれからも続くと断言できるのも、好きなのがタイガースだから。

 弱い時期があっても全然嫌いになれなくて、そんなときでも堂々と「タイガースファンです。」と言えたのも、タイガースだったから。

 職場の椅子の上に敷いているロゴ入りクッションが恥ずかしくないのもタイガースだから。

 自宅の部屋の蛍光灯のスイッチを入れると六甲颪が流れるけど、そういう製品を買ったのもタイガースだから。

 『タイガースだから』で色々なことに前向きになれる。生年は違うけど、同じ日に生まれることが出来て、自分の誕生日を好きになれたのもタイガースだから。

 70回目の誕生日おめでとう、阪神タイガース!!80回目、100回目の誕生日を迎える時も、タイガースが大好きでいることは、キッチリ約束させてもらうよ。
| T−コラム | 00:00 | comments(2) | trackbacks(0) |
ここから始まる Tigers Love
 ここまで試されるものなのか?2年前と状況は変わらないはずなのに、今度こそ!という思いが強すぎるのか、見ているこっちの気持ちが動きそうになる。

 2年前は最初の2試合でサヨナラ負けに大差での完封負け。しかも相手は強力投手陣に強力打線。ここまで同じなのにこんなにみんなの気持ちが揺らぐ気がする。

 しかしちょっと待て!ここで諦めたり、嘆いたりしたら叶うものも叶わない。

 タイガースファンがチームに寄せる思いを例える言葉には様々な感情がある。親子の愛情で見る人、恋愛感情で見る人、長いファンであればあるほどそれは本当に様々な姿で目に飛び込んでくる。デートの途中でタイガースが気になって仕方ない人も大勢いるはず。実際、僕もチームが最下位の時でもそうだった。

 『好き』という一方的な気持ち。

 こんなに好きなのに、何でわかってくれないんだよ!!

 そんな気持ちをぶつけるファンが沢山いる。

 好きな気持ちに応えて欲しい。それは当然で自然な欲求だ。

 でもタイガースはそういう気持ちに「気まぐれ」という返事をすることが多い。

 好きな気持ちは動く。動き続ける。これでいいのか?これでも足りないのか?連続するその想いがなおさらタイガースに気持ちを釘付けにする。

 受け取って欲しい、分かって欲しい。それはそれで間違いじゃない。でもそれ以上の愛情があることに気付いている人はいるのか?

 この歳になって、色々な場面に出くわして、自分も色々経験すると一方からの気持ちの限界に気付くことがある。今のタイガースへの気持ちを表すとすれば当にそのことだと考えてしまう。

 『受け入れること』って書くと偉そうだから、『受け入れさせてもらうこと』の大切さに気付こう。

 今のタイガースが見せる、余りにも痛んだ姿も、今年沢山見せてくれた雄々しい姿も、その全てを受け入れて行こう。そして一緒になって、タイガースの立場で考えて行こう。

 それがとても辛くて、タフであることを要求されることは百も承知で書いている。

 受け入れるといっても簡単には出来ない。日々、タイガースが見せる姿やほんの些細な出来事(報道内容や友達同士のメールとか)に一喜一憂しながら心は動き、その心が動いている自分に気付いて更に心が動く。その連続する気持ちこそが愛情であり、その連続することそのものが対象が人であろうと何であろうと『愛すること』であると僕は思っている。

 グシャグシャになる感情の中に身を置きながら、それでも可能性が低かろうと何であろうと最後はHappyであることに望みをつなげ、悩んで、自問自答して、飯も食えなかったり夜も眠れなかったりしながら本当の自分の気持ち、本当の自分の姿に気付く。

 タイガースが大好きな気持ち、自分だけが喜ぶんじゃなくて、阪神タイガースも、タイガースに関わるファンも含めた全ての人全員が喜べることが本当に幸せだという気持ち。

 そんなに大それたことじゃなくても、いつも一緒に試合を観る観戦仲間と喜びたいという気持ち、虎ブロガーさんたちと喜びたいという気持ち、辛い日々にタイガースの戦いから気力をもらいたいという願い。タイガースが勝つ姿を観て誇らしげにしたい気持ち。タイガースに僕たちが託す気持ちや願いの数だけ僕たちもタイガースを受け入れよう。そして最後まで戦おう。

 この2試合で様々な人が色々な感情を露わにした。(極端な一部を除いて)それを否定する気にはならない。ただし、今はまだ戦っている最中だ。今までも、そしてこれからも愛の無い批判はしたくない。それをやったらその瞬間に心は折れる。

 折れない心で「勝とうぜ!阪神タイガース!!」と堂々と雄たけびを上げる。

 周りで「タイガースも終わった。シリーズも決まった。」などという人もいると思う。でも、それでも「タイガースが好きだ。まだ勝負は終わっていない。ここから始まるんだ。」と言い切る自信を持とう。えぇい!男なら(女でも)オタオタするな!みっともねぇ!!普通にドシッと構えてやがれ!!!和田コーチのくれた言葉は「失意泰然」と「最後に笑おう」だ。

 No Pain,No Gain.

 年配のファンの方から右も左も分からない子供のファンまで、今こそ自分の持つ「Tigers Love」を信じて立ち上がろう、声を出そう。感じたら走り出せ!暗闇をぶち破ろう!!この想いを直接届けたいから・・・・・俺も水曜日から甲子園に行きます!!これ以上好き勝手にさせてたまるか!!

 絶対に折れない俺たちのTigers Loveがここから始まる。
 

追記:試合に負けた日はアクセス数が多くなるんだけど、昨日は日間1243pv。新記録です。本当にありがとう。俺たちだって阪神タイガース!みんなで戦おう。
| T−コラム | 18:28 | comments(22) | trackbacks(4) |
【下さん最多勝記念】 もう1回!を、もう2回
 「もう1回行かせて下さい!抑えます!!」

 平成17年10月5日(水)の阪神甲子園球場、9回裏無得点で終わった時、下さんはそう言ってマウンドに向かった。

 自らの最多勝という問題ではない。そのシーズンの最終戦を勝って終われるかどうかの岐路に立った男の決断。

 思えばこの日は2005年の下さんの集大成だった。

 今年の下さんは身を挺してチームを勝利に導いた。その姿はどこからどう取っても「勝てたらいいな。」では無かった。勝つという執念を存分に見せ付け、その姿はチーム全体に浸透した。

 下さんが投げる時のチームを見ろ!あの一体感を感じろ!

 チームだけではなく、スタンドも一緒になって勝利を信じることが出来る。現在のタイガースでこれほどまでに信頼される投手は先発では下さんだけだ。

 開幕からの連勝、5月の楽天戦では同じ空間でヒーローインタビューを聞くことが出来た。7月に甲子園に行ったとき、下さんから始まる完封リレーを観ることが出来た。9月7日の伝説となるであろうナゴヤの陣、9月下旬の「勝てたらいいな」、9月29日の決めた試合、9月月間MVP獲得、そして10月5日。

 下さんを中心にまとまったチームが、下さんの登板日に劇的な内容を見せてくれたのは偶然ではないと僕は信じる。

 その下さんが積み重ねた15勝。最多勝をかけて昨日(10月12日)は広島市民球場で、同じく15勝で並ぶ広島の黒田投手が登板した。相手は横浜ベイスターズ。マウンドには防御率トップの三浦投手。

 広島には負けられない理由があった。黒田投手の最多勝だけではなく、広島を引っ張ってきた名球会選手、野村選手の現役生活最後の試合だったからだ。同時に出番は無かったけど、小林幹英投手、澤崎投手とっても最後の試合だった。そして山本監督にとっても。

 その中で、ハマの番長は投げる。再三再四、ピンチを背負うけどそのたびに切り抜ける。終わってみれば完投勝利。同時に下さんの最多勝(黒田選手と同勝利数)が確定した。

 史上最年長の最多勝。規定投球回数に足りない投手で先発としては史上初。いくつもの『史上初』が下さんによって作られた。なぜかシーズンMVP候補とか言われてないが、それならシリーズMVPを持って行って欲しい。

 冒頭の「もう1回!」は、もちろんイニングのこと。そのセリフを今年はあと2回は聞きたい。2回聞くことができれば、それは自ずと目標へと近づく印となる。

 闘志溌剌起つや今。

 下さんが示す闘志の方向は既に次へと向いている。

 下さん、2005年最多勝獲得、本当におめでとうございます。そしてありがとうございます。
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| T−コラム | 22:10 | comments(0) | trackbacks(2) |
【2本立て】 Mr.Tigersの方からやって来る


 Mr.Tigers それは成績だけではなく、プレーやチームへの影響といった存在そのものがタイガースの象徴となり得る選手への最高の称号と僕は思っている。それは歴代のMr.Tigersを見ても歴然としている。良くも悪くもチームを、チームの責任を背負う選手たちだった。

 しかし今ここで、今までとは毛色の違う選手がMr.Tigersに『王手』をかけている。その名は『今岡誠』。

 地元出身、PL学園から東洋大学、逆指名でタイガース入りという過程は、阪神タイガースという伝統あるチームにはこれ以上無い経歴だ。

 入団後は早熟なのか何なのか、伸び悩みなのかどうなのか?とにかくつかみ所の無いという感想を持った。事実、タイガースもつかみ所の無い成績と迷走する戦いを繰り返した。

 不思議なことに彼の成績とチームの成績は連動する。それは阪神タイガースが持つ意志と、阪神甲子園球場に棲まう何かが見えないところで「よっしゃ!この球団、しばらくこの男に預けよう!」と打ち合わせでもしたかのようだった。

 「ポジションに応じて求められる仕事をするだけ。」彼は涼しげにこう言う。しかし求められたポジションで求められた結果を出すことがどれだけ「あたりまえではない」ことか。涼しげな中に見せる気の強さが彼には確かにある。一時は凡退しても悔しさを見せないところから無気力だとか、ゼブラだとか言われたけど彼は「いや、悔しさは人前で見せるものじゃ無いっすから。」という。事実、布団の中で悔しくて眠れない日もあったと後日語っているじゃないか。一振りに込める燃える闘魂は打席で見せるばかりではない。

 その彼がスタメンセカンドというポジションを固定し得た2002年。彼は打率3割を超える。チームは4年も続いた最下位を脱出した。2003年は1番という打順に完全固定。右打者としては久しぶりの首位打者というタイトルを獲得する。そして18年ぶりのリーグ制覇へとチームは突き進んだ。

 2004年、いくつかの打順を経て彼は今年、5番打者として打点王に輝く。その数字は今年の打率からは考えられない良い意味で常軌を逸脱した前代未聞の数字だった。もちろん彼の前を打つ選手のプレーの影響もあるが、満塁時の打率が5割を超えるなんて考えられない。

 与えられた場所で期待以上の数字を残す。朝のテレビの特集で今岡選手の息子さんが「パパ、ホームラン打ってぇ。120本!」と言っていたが、それに専念すればとんでもない本数を打ちそうな男にも見える。事実、これでホームラン王でも取れば違う年であっても三冠王のタイトル全てを手中にする。これだって誰にでもできることではない。

 2005年は指の怪我などあったが全試合に先発出場した。選手会長としての自覚。それは成績でもチームを引っ張る姿に表れる。自分で望んでいようといまいと周りが彼を、阪神甲子園球場が彼を、阪神タイガースの意志が彼を押し上げようとしているように見える。そしてそうなった時に彼は「Mr.Tigers」というポジションで、ポジションに応じた活躍を見せるはずだ。

 チーム内で年齢とともに進化しているのは金本選手や下さんだけではない。早熟にして大器晩成。今岡選手のピークはまだまだこれからやってくる。

 甲子園の申し子。と言われる選手が時々現れる。

 主に高校球児を指し、何人もの選手が形容された言葉だ。最近では松坂大輔投手かもしれないが、プロにおいては今岡誠。今、誰よりも阪神甲子園球場と阪神タイガースという名前に愛されている選手は彼のことだと僕は信じている。
| T−コラム | 18:17 | comments(2) | trackbacks(0) |
image of happy ending
誰もがそれを見に来ている場所。それが昨日の甲子園だった。

 規定投球回数に届かない投手の最多勝、最高齢の最多勝投手など様々な勲章が取りざたされたけど、試合が終わった時点でそんなことを覚えている場合じゃない試合だった。

 2003年に日本ハムファイターズから移籍してきた下さんはタイガースでは先発として働くこととなった。

 力任せに投げていた時期を脱してタイガースにきた下さん。2003年の優勝も経験した。2004年は勝ち星も減った。

 「下さんなら7イニング3失点で御の字」なんて評価もあったけど、今となっては失礼な話で今年の下さんからはそんな評価は消えていた。

 交流戦での千葉ロッテとの試合、井川で勝てなかった日の次の試合、優勝を決めた試合、節目節目ではマウンドで投げる下さんの姿が必ずあった2005年。その集大成を見せる試合が昨日だった。

 いつものように、コーナーを広く使い下さんは投げ続けた。負けるなんてことは誰も思っていない。

 雨が降っても泰然自若。慎重にロジンに手を当て、白い粉を飛ばしながら矢野さんのミットに投げ込む。先制されても動揺する素振りを見せない。

 「逆転してくれるだろ?」そんな言葉が背中から聞こえる。

 相手の門倉投手も好投を見せるけど今岡選手の球団新記録の打点と鳥谷くんのHRで同点になる。イニングはとっくに終盤に入っている。いつもの下さんならとっくにJQKに任せている頃だ。でも誰もが分かっている。「今日だけは同点のままではダメだ!」と。

 下さんが打席に入る。下さんがマウンドに登る。そのたびに悲鳴にも似たような歓声と、祈る気持ちが交錯する。誰もが望んでいるのは下さん勝つこと。下さん勝つこと。

 ランナーを背負う展開が多くなったのは気のせいだろうか?投手としてのスタミナにはボールを握る握力も含まれる。甘く入るたびに下さんの握力が心配になってくる。

 でも下さんは投げ続ける。代えるな!代えないでくれ!代えてたまるか!たくさんの魂が下さんを後押しする。いつもなら代打の場面でも下さんは打席に立つ。打席に入れば1人の打者として下さんは戦う。

 そして訪れた10回裏。試合は左打者が甲子園でホームランを打つときの見本のような当りで幕を閉じる。背中で引っ張る投手に対し、背中を見てプロの世界を知った選手から授業料代わりの大きなお礼だった。アニキが打っても良かった。今岡選手でも良かった。でも鳥谷くんで良かった!!数年後は背中で引っ張る立場になっていて欲しい鳥谷くんでよかった。そう思えた一撃だった。

 汗に濡れたアンダーシャツを着替えるためか、ユニの上半身はボタンを外し、下はベルトを緩めた格好で出てくる下さん。鳥谷くんを迎える姿からは「野手の皆さんのおかげです。」というコメントなんだろうなぁ。と思ったものだが、それ以上に野手のみんなが「下さんのおかげです。」と言ってくれるに違いない光景だった。

 誰で勝っても嬉しい。誰が勝っても嬉しいけど、それでも今日だけは下さんで勝ちたかった。この試合だけは下さんで勝たなきゃダメだった。その気持ちが1つになった10月5日の甲子園球場。球場にいても、テレビの前でも、ラジオの前でもパソコンの前でも、それをリアルタイムで感じた全ての人の気持ちが1つになったと感じていた。

 ビハインドがあっても、同点でも、それでも負けるなんてことは考えもしなかった。考えていたのは、どんな勝ち方をするのか。どうやって勝つのか。それしかなかった。そしてそれは、想像以上に素敵な光景として現実となった。勝利が決まった瞬間、下さんを胴上げしたって良かった。勝ちを狙いに行って本当に勝つ。阪神タイガースは本当に素晴らしいチームになった。


 下さんの背番号の「42」という数字はメジャーでは全球団共通の永久欠番となっている。現時点で着けている選手を最後に誰も着けることはなくなる番号だ。

 「42」という数字の重み。それはメジャー初の黒人選手、ジャッキー・ロビンソン選手に敬意を表し、偉業を称えるために全ての球団が決めたものだ。人種差別に歯を食いしばり、彼が筆舌に尽くしがたい苦労を重ねて歩んだ道は、のちにメジャーの世界へ飛び込む多くの白人ではない選手のための道となった。

 一方、タイガースにおいて「42」番を背負う下さん。国も時代も違うけど、それでもチーム最年長投手として、タイガースの若い選手の道標となる活躍で道を切り拓く。

 魯迅の『故郷』という作品の最後に「もともと地上には道が無い。歩く人が多くなればそれが自然と道になるのだ。」というものがある。下さんが切り拓く道。そしてそれを歩む選手たち。最初は1人通れるくらいの広さしかないかもしれない。でもタイガースの次の世代を担う連中が大勢で通れば立派な常勝軍団への道となる。

 シャイで寡黙な下さんだけど、背中は誰よりも雄弁に、そして誰にも分かりやすく語りかける。人それぞれにあるんだろうけど、こういう猛虎魂があってもいい。

 「勝てたらいいな。」!下さんの名セリフ。でもその言葉が額面通りであるわけが無い。下さんが言う「勝てたらいいな。」は「絶対に勝つぞ!」という意味。でもそんなこと言ったらみんなが力むだろうから言い方を変えた言葉だと思っている。

 2003年の優勝時、下さんは「俺を放出したダイエーに絶対勝ちたい。」とおっしゃったと記憶している。でも下さんは勝ったがチームは負けた。そして今年。

 プレーオフ次第では相手チームは分からないけど、それでもソフトバンクが第1コンテンダーであることに変わりはない。リベンジとか復讐とか、そんな言葉で表現できない。ただ見せたいのは「男の意地」だ。

 大勢の前では「勝てたらいいな。」。でも背中はそうは言ってない。そしてそれは今ではみんなが気付いている。全てを切り拓く運命の背番号42番は、2週間後に迫った舞台で、また新たな道を切り拓いてゆく。
| T−コラム | 19:14 | comments(0) | trackbacks(2) |
【リーグ優勝記念】 タテジマに魅せられて
 10月11日までTOPに置きます。最新記事は2つ下からです。

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| T−コラム | 23:00 | comments(18) | trackbacks(21) |
【胴上げ記念】 甲子園を照らす愛と慈悲の太陽 
これも10月11日まで、TOPに置きます。最新記事は1つ下からです。

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| T−コラム | 22:00 | comments(8) | trackbacks(45) |
【2本立て】 ときめいて☆シ〜ズン
 いよいよ歓喜の瞬間が近い。その瞬間を見ることができる幸せを噛み締めてこの数週間は甲子園に行って、自宅のテレビで観戦していた。

 2年ぶりに優勝するなんてことがタイガースにあり得るのか?そういった信じられない感情、でも喜ばずにはいられない感情、そしていつも閑散としていた阪神甲子園球場の風景への慕情。それらがいくつも思い浮かんできて、そして何回も思い返し、自分自身に叩き込んでいた。

 気がつけば観戦試合数も多くなり、それだけの強い気持ちがタイガースへ向いている自分に気付く。

 職場の机の上には何人かの選手のカードが挟まっている。座っている椅子にはタイガースクッションがある。そしてそれらは「お前だからいいや。」って感じで違和感無く職場にある。

 隠れ阪神ファンという人が僕が住んでいる静岡にはいる。弱い時期はタイガースファンと人前で言うことをためらっている人たち。今でもきっと心の中では「でもいつか弱くなるんじゃ・・・」とか「いつかひっくり返されるんじゃ・・・」とか「でも日本シリーズでは勝てないんじゃ・・・」といった弱気の感情という愛情でタイガースを包む人たちが大勢いる。

 反面、僕のようにいつでもどこでも誰にでも「阪神タイガースが大好きです。」と言い切る人もいる。「好きなもんを好きと言って何が悪いんじゃ?!」という強気の折れない気持ちでタイガースを囲む人たちがいる。

 世の中には他人や物事に愛情を注ぐことが出来ない人もいる。好きなものを好きだと言えない人も多い。言えないんじゃなく、言えない状況にいる人だって多い。それに比べて僕はこうやってブログをやっているように、好きなタイガースに愛情を捧げることができ、好きなタイガースのことを「大好きだ。」と言える幸せがある。このことこそが本当に気持ちのいいものだと気付く。

 そりゃ苦しい時もあるわ。今年だって始まったばかりの時は中日の連覇を想像したことだってあるし。

 そういった弱い気持ちになりかけても、今年のタイガースは全然弱い気持ちになんてなっていなかったんだということを今さらながら気付いている。

 俺たちは2年前に優勝してるんだぞ!忘れてないか?!

 そんな言葉を聞けた気がする2005年。勝率マジックが点灯した試合、僕はライトスタンドにいた。せっかく点灯しても次の試合で消してしまっては苦しいと思っていたら、勝ちつづけて優勝マジックまで点灯させた。

 折れない心を見せつけたのはファンだけではなく、タイガース自身がそうだった。

 日を追うごとに高まる気持ち、落ち着かない気持ち、昨年は9月27日くらいに観戦に行っていたのに今年はチケットを取っていないことへの少しの後悔。

 職場で無理な仕事に追われても、優勝のシーンを見たいがために工夫も何もできることをやりまくって片付ける。喜びの瞬間を見たい。どんな形でもいいからリアルタイムで観たい。その興奮を存分に味わいたい。

 それでもやっぱり思うのは、「これが本当にあのタイガース?」と言う気持ち。徐々に出来上がって行く気持ち。ファンの僕たちがワクワクしているように、チームだってドキドキしているはず。そのみんなの気持ちを1つに、ときめいた連中が最後のマジック減らしに飛び出す。

 思いっきりときめく連中、静かにときめく連中、様々にいるんだろうけど、やっぱりそれでも大きな声で思いっきり言おう。


 目ン玉ひん剥いてよ〜く見やがれ!これから訪れる一生誇る価値のある名場面を!!


※ タイトルの「ときめいて☆シ〜ズン」は、LINKさせて頂いているタイガース応援サイトで僕が尊敬する「ゼンゼコ」様のコピーです。タイトル使用に当っては管理者のニギリコブシ拳さんからご快諾を頂きました。
| T−コラム | 21:54 | comments(2) | trackbacks(7) |
【今日も2本立て】 七難八苦を超えて
 マジック点灯。本当に信じていいのだろうか?そんな気持ちが僕の中にある。なんといっても2年ぶり。その軌跡を考えるとここまで来るのに長かったことを思い出し、感慨深いものがある。

 今までの歴史は決して平坦なものではない。沢山の苦悩、沢山の愛憎がそこにあった。

 名門(プライド)を捨てきれない強い意志。男はプライドの生き物なんだヨ。

 それを受け継いできたのは僕たちファンだったし、強いタイガースの幻影はいつまで経っても消えるものではない。そしてその復活に賭ける人たちの並々ならない執念や情念がここまでチームを動かした。

 就任した手塚オーナーは就任早々から「優勝です!優勝しかありません!」と言い続けた。野崎連盟担当も陰で球団を支えた。星野SDの残留だって、心の中のタイガースが動き出しているからだと信じている。

 日本史がお好きな方なら、尼子氏の忠臣、山中鹿介(やまなかしかのすけ)をご存知だろう。彼が自らの決意を詠んだ歌はあまりにも有名。その上の句が「憂きことの なほこの上に つもりかし(つもれかし)」。簡単に意味を書くと「今は状況がよくないけど、それでももっと苦難を与えたまえ」という意味。この強い心が僕たちファンの中にもある。

 悔しい思いがあるほどタイガースを好きになれる。憎んでも憎みきれない心がタイガースにはある。放っておいても難事が起こり、そのたびにファンは愛情を試される。それでも心が離れることなんて考えたことは無い。

 そしてその下の句「限りある身の 力ためさむ」。意味は「しかしそれでも、限られた能力であってもその限界までやってみよう。」という感じ。

 選手はグランドで、ファンはスタンドで、テレビ・ラジオの前で。この限られた時間、この限られた勝負のときを逃さずに時には限界まで、時には限界以上の気持ちでたった1つの目標に向かって前へ進む。

 オフになれば退団者は必ず出てしまう。毎年のことだけど、このメンバーがこのチームで野球が出来るのは今年が最後。だったらなおさらやるしかない!!

 苦しいこと、辛いことも出きった後にはきっと歓喜が待っている。何でもそうだ、世の中はそういうことになっている。うん、そう思おう!!

 相手がどんなに強い難敵でも何度でも何度でも立ち向かう。その強い心を僕は「折れない心」と言っている。それはタイガースと甲子園で僕が学んだ大切な心だ。そして自己満足かもしれないけど、それがほんの少しでも身についてきた自分を本当に幸せだと思えたのが今年だった。

 「憂きことの なほこの上に つもりかし 限りある身の 力ためさむ」

 苦しみも辛さも乗り越えた男たちのラストスパートがここから始まる。
| T−コラム | 17:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
【2本立て】 優しく強く、強く優しく 【T−コラム50作目】
 「男はタフでなければ(強くなければ)生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。」とは、ハードボイルドの巨匠『レイモンド・チャンドラー』がその作品の中で主人公のフィリップ・マーロウに言わせてセリフである。

 この言葉に出会ったのは僕が中学生のときで、取り急ぎ彼の代表作である「さらば愛しき人よ」「長いお別れ」を買ったが、内容が大人の内容なのでしっかりと読みきれずに今に至っている。そしてそのときはすぐにアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」に移った気が。。。

 しかし冒頭のこの言葉、時代や背景が変わっても男心をくすぐるものだし、そうなれればいいなと思うことは日常でも多々ある。

 実際、強さの無い優しさは「甘やかしている」だけだろうし、優しさの無い強さは「横暴」なだけだ。「優しさと強さ」この2つのバランスを保つことに僕は悩むことが多い。

 でも実はこの言葉の中にもタイガースを応援するキーワードが隠されている。

 以前にも書いたけど(こちらの記事)、僕は阪神タイガースを時々「人間:阪神タイガース」としてとらえている。

 タイガースの歴史、それは「球団」というよりも関西に住むあまりにも人間臭い魂。たくさん感動させたかと思えば、たくさん失望させる。でも希望までは奪い去らずに次へつなげてくれる。タイガースが男であろうと女であろうと、その魅力を持った人が近くにいたら惹きこまれずにいられないくらいだ。じゃなければこれだけの長い間、人々を惹きつけない。

 今年は2年ぶりの優勝争い。誰もが想像しない「2年」という短いスパンにおける優勝争い。「やられた!」・・・そうとしか言いようが無い。

 何回でも優勝して欲しい。しかしこれほどまでにやってくれるとは!!このことでさらにタイガースに魅せられてしまっている自分を今年は強く実感した。

 タイガースを応援する人たちだって、どんなに低迷しても、どんなに期待を裏切られても、それでもタイガースを愛してきた。それは「ファン」とか「見守る」とか「応援する」とか言うレベルなんてもんじゃないことは皆が知っている。

 こうじゃなければ生きてゆけない。こうじゃなければ生きて行く資格が無い。冒頭の言葉は様々に形を変えて、それぞれの生活に入り込む。

 「阪神じゃなければ生きていけない。阪神ファンじゃなければ生きていく資格が無い」なんていう人だっていると思う。そしてそう言い切れる人がいることが阪神タイガースファンを「虎キチ」と称する一因であると僕は思っている。

 今年、タイガースは今まで受けた愛情を倍返しするくらいのドラマティックな季節を僕たちにくれた。

 ならば今の僕が定義するタイガースファンの姿を冒頭のチャンドラーの言葉に置き換えてみよう。

「タイガースファンはタフじゃなければ続けていけない。タイガースへの愛がなければファンである資格がない」

 一緒に歓喜に浸る日まであと少し。

 M13点灯おめでとう!!このまま突っ走ろう!!
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| T−コラム | 22:45 | comments(6) | trackbacks(5) |
【本日4本立て】 笑顔の包容力 (The smiling accepts all.)  【T-コラム】
『過去を消すことができるのは、いい男である』
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| T−コラム | 19:10 | comments(4) | trackbacks(1) |
【本日2本立て】 本家『A・TSU・SHI』
高校野球界で金字塔を打ち立てるチームに所属、大学を経てプロ入り。ゴールデングラブも獲得した。それでもタイガースへ古巣に涙を残して旅立った。片岡篤史という選手はそういう選手だ。

 ずっと日ハムでプレーするものとばかり思っていた彼がやってきたのは2002年のシーズンから。新監督の下で再出発を図るチームの軸になるべく獲得した。

 「セ・リーグの投手は2−3からでもフォークボールを投げるのか?!」と思ったくらい、配球の違いに悩み、最初の1年は自分でも納得いかない成績で終わる。HMの前のファンファーレも変な替え歌をつけられ歌われる。

 その年の秋、彼ほどの経歴の選手なら参加を免除されて当然の秋季キャンプ。そこに若い選手の中に混じって泥だらけになって練習する彼の姿があった。ハードワーク・・・足もつり、グランドにしゃがみこんだ姿を画面は映していた。それでもなりふり構わずに練習する彼に2003年という時が味方した。

 サード片岡。ジョージとの併用もあったが、活躍する場面は飛躍的に増える。選球眼の良さは折り紙付で、際どいボールをカットして甘い球を叩く。ボール球には手を出さない。守備だって大きな体を器用に使い、安定した守りでバックアップする。本来の姿が戻ってきた。

 その白眉は9月15日。リードされた試合の終盤で同点に追いつくライトスタンドへのホームラン。「このひと振りにかけました。」というメッセージとともに、チームはリーグ優勝を決めた。

 片岡選手といえばイメージとして出て来るのは打った後に飛んでゆくバット。バットが弧を描く選手、水平に飛んでゆく選手と色々あるが、片岡選手のバットは普通の選手とは逆回転をするかのように、それはまるで風車のように回転する。

 風を起こすのか、それともランナーを塁に返す3塁コーチの腕の回転なのか。とにかく独特の回転を残し、ボールはスタンドへと飛んでゆく。

 3塁手、右投げ左打ちといえばミスタータイガース掛布さん。打席で体のあちこち触る仕草だって掛布さんそっくりだし、体をたたんでボールを運ぶ打撃フォームも掛布さんによく似ている。掛布さんに憧れて真似をしたって言う話は本当か?

 今だってレギュラー争いはできるだけの実力がある。プロでの実績は、同級生の立浪選手が少しだけ前にいるけど気にすることはない。立浪選手が経験できなかった日本一を片岡選手はタイガースで経験すればいい。

 日ハム時代に比べればタイガースに来てからは目の前の景色がめまぐるしく変わっている感覚を持っていると思う。でもそろそろ流れる景色への目が慣れた頃。ここからがシーズンの胸突き八丁。ここからが働き盛りで経験豊富な選手の出番だ。

 控えでも、怪我をしても腐らずに、表に出さずにただひたすら前を向きつづけて精進した男。自分の居場所は自分で見つける男・片岡篤史。ここから彼の逆襲が始まる。

 タイガースには藤本という「あつし」がいるが、 「タイガースの『あつし』?誰が何と言おうと『タイガースのアツシは片岡篤史!!』に決まっとる!!」

 控え目なご本人は決して言わないだろうから、代わりに俺が言っとくわ。
| T−コラム | 21:43 | comments(6) | trackbacks(1) |
【本日2本立て】 3つのこころ


 ホワイトバンド。3つのアスタリスクに気持ちを乗せる。

 いま、世界では3秒に1つ、幼くも尊い命が消えている。貧困、衛生、飢餓、理由は様々。

 3秒なんて、僕たちがゆっくり呼吸をする時間くらい。僕たちが1回、ゆっくり呼吸をする間に1つの幼い命が消えている。

 3つのアスタリスクになにを浮かべる?1文字ずつ入れる人もいるかな?

 奇跡の地球(ほし)。桑田佳祐さんとミスチルが何年も前に歌った曲。この地球に人という生き物に生まれることは僕たちの想像以上に確率が低い。その限られた中で僕たちは生きている。

 奇跡の地球。今、本当に大きな問題を抱えている。地球環境、食糧問題、軍事問題。その中には爆発的に増加している人口問題もある。でも、いま3秒に1つ失われている幼い命がその解決策になっていいなんてことはない。人口問題の解決策は、こういうことなんかじゃない。

 3つの気持ち。助けたい、助かりたい、助け合おう。救いたい、救われたい、救い合おう。少し考えて、少し行動する力を1人1人から届けよう。アスタリスクに祈りを込めて。


 ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン



| T−コラム | 21:51 | comments(4) | trackbacks(4) |
がんばれアサイくん
よっちゃんを小躍りさせるためにこの文を捧げます。

 考えてみればあの日の活躍も不思議なことではない。名門法政大学から自由枠で入団した男だ。捕手を始めたのが遅いというので獲得時に不安がる声があったことは事実。それをかき消す素質からなる実力が少しずつ出てきた時期かもしれない。

 捕手の成長には時間がかかる。でもその時間をどう過ごしてきたかに違いが現れる。

 2003年は1軍に帯同、星野監督や達川コーチのそばで一流を感じた。2004年は主にファームで戦い、実戦の感を磨いた。2005年、自由枠で将来を約束されたような感じで岡崎捕手が入団した。触発された様子はキャンプから見え、結果を見せつける守備と打撃で見事に1軍3人目の捕手の座を射止めた。

 元来の強肩と反応で外野手も務める。ベンチに置いておくには惜しいほどの思い切りの良い打撃は時としてチームの起爆剤となる。

 捕手一本で成長する方法が王道なんだろうけど、外野手として出場して違う角度から野球を感じることもマイナスではないはずだ。

 野手としての才能が高く、ベンチに置いておくのは勿体無い。なので外野手で出場しながら捕手として成功した例は、同じチームに矢野さんという先駆者がいる。彼もドラゴンズ時代はそういう扱いだった。その矢野さん、今はタイガースの押しも押されぬ正捕手だ。

 長い間ファンを続けていると1つのプレーがその選手の野球人生を変える場面に出くわすことがある。八木さんが江川投手から打ったホームラン、92年の亀山選手のヘッドスライディング、新庄選手の一撃などだ。もしかしたら2005年6月9日の完封リードも何年かしたら「あの場面」と呼ばれるものになるかもしれない。

 タイガースの捕手にはライバルが多い。自由枠の岡崎くん、ファームで実績充分の狩野くんと中谷くん、強肩ではひけを取らない伸び盛りの小宮山くんもいる。そのなかで頭1つ抜けるのは楽じゃないけど次世代の正捕手争いは、やり甲斐がありすぎるくらいの充実感を彼に与えているはずだ。

 今年勢いのある千葉ロッテ、あのチームには里崎&橋本というレギュラークラスの捕手が2人いて競っている。ローテーション投手が6人だと6通りの相手チーム攻略法ができるが、捕手が2人になれば12種類の攻略法ができる。その中心のキーになれるか?浅井くんの肩に乗るもの、今この時期に1軍にいる浅井くんの強肩に乗っているものはこんなにも大きなものだ。

 できないやつにこんな期待はしない。おとなしそうな表情で、小柄ながらパンチの効いた打撃を見せる浅井くん。彼には「がんばれ!」と声をかけたくなってしまう魅力がある。

 タイガースにはかつて、スケールも体も大きなミスタータイガースとしてファンに愛され「タブチくん」というマンガにもなった捕手がいた。意外にも2人には共通点が多い。捕手というのがまたイイ!!同じ法政大学卒というのがイイ!!アサイという名字が3文字というのがまたイイ!!背番号に「2」が入っているのがまたイイ!!

 彼のこれからの活躍を願って、今日はこの言葉で締めよう、そうしよう!!


 「がんばれ!アサイくん!!」 




 真面目な文章はここで終わりです。気分良く、爽やかな気持ちで終わりたい方はここで終わってください。
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| T−コラム | 23:59 | comments(2) | trackbacks(1) |
旅姿 (ろくに校正しない走り書きです)
 交流戦のおかげで今までタイガースが「遠かった」地域にもチームがやって来るようになった。

 セ・リーグの中でも地方開催が少ないと思われるタイガースだが、僕は個人的にそれが好きだった。

 決してお安くない思いをして辿り着いた聖地甲子園だからこその厳かな気持ちで臨む観戦は何物にも代え難いからだし、そういった中でプレーする選手の幸せそうな姿を見ることが好きだ。それは甲子園でプレーするタイガースの選手を羨ましがる他球団の選手がいることにも証明される。

 交流戦は、そんなタイガースとタイガースが遠い人たちとの距離を縮める機会になった。

 北海道は毎年それなりに開催しているけど、福岡ドームや仙台などは毎年とは行かない地域。増してや仙台と言うか、東北にタイガースが姿を現すのは何年ぶりなのだろうか?ちょっと記憶に無い。

 タイガースファンは本当にどこにでも大勢いる。地上波で日本中どこでも見れるのは残念ながら読売の試合。でも裏を返せば球場に行かなくても読売戦は観れるし、友達に言わせると実際に球場で観ても試合よりも帰りの新幹線優先なんだそうだ。

 しかしタイガースの試合はそうは行かない。地上波で観れる地域は限られているし、そうじゃなけりゃスカパーにでも加入しなけりゃ観れやしない。ってことは早い話が『あなたの街にまだ見ぬ強豪タイガース見参!!』というキャッチフレーズに近いものがある。

 今まではテレビを通じてしかタイガースの試合を観たことが無い人も、きっとタイガースが来るなら球場に行こうと足を運ぶ。それが今の12球団イチの観客動員数につながっている。今までは甲子園が遠くて、他のフランチャイズも遠くて、実際に生のタイガースを観ることができない人たちも、この機会には足を運ぶ。なので今日(5月27日)の雨天中止は本当に残念だ。

 タイガースの試合、それはやはり球場で観るに限る。これは特に観戦に行くようになってそう思った。テレビから聞こえてくる音量とは違い、最低でも球場の半分を確実に埋め尽くす応援にも表れる。その中に包まれることを幸せだとか楽しいとか感じることができたなら、その人の感性は極めて正常であると言える。そして「また行きたい。」と思えるようなら、タイガースファンに片足を突っ込んだようなものだ。

 タイガースの試合は魅力的だ。同じプレーや同じ試合展開は他球団でもやっている。でもタイガースがやるとそれらは一味違うものになる。それは大応援団もそうだし、それによって醸し出される球場の雰囲気にもよる。

 確かにHMが変わったり、応援の方法が変わったりしたことについては色々な意見がある。ただ変わりないのはプレーする選手はタイガースの選手で、それを応援するために球場に行っていること。それだけは僕の中で変わることは無い。

 今まではタイガースが滅多に降りることが無かった仙台という土地。選手は何を思って過ごしているだろう。見知らぬ土地を感じる楽しさ。ホテルの部屋でいつもと変わらぬ時間を過ごすものもいれば、年齢的にも小さな子供さんの写真を眺めたり、家に電話して子供さんや奥さんの声を聞いて気持ちを安らげる選手もいるだろう。こうして時間は過ぎる。

 旅姿六人衆・・・サザンオールスターズの名曲だ。そのなかに ♪お前が目の前にいるならいい 素敵な今宵を分け合えりゃ また会えるまではこのときを 忘れないでいて♪ というフレーズがある。

 交流戦の『交流』とはパ・リーグのチームとの交流だけではなく、普段タイガースの試合を観ることができない人たちとの交流でもある。タイガースはこの交流戦で、いつか芽が出るであろうタイガースに対する想いのこもった種を蒔きながら各地を廻る。だから色々な球場でタイガースを観る人たちはその種をしっかりと受け取り、『また会えるまではこのときを 忘れないで』タイガースへの想いを育てていって欲しいと思っている。

 タイガースが完全にアウェイになってしまうような球場は日本中には無いのだから。
| T−コラム | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
本日2本立て 『深緑球場』
 「毎年見ている光景だけど、その年に最初に甲子園のグランドを見ると、本当に緑がきれいだなぁって思うんですよ。」とは観戦仲間兼酒飲み友達であるKさんがおっしゃった言葉だ。

 実際に僕も同感であった。阪神電車甲子園駅で下車して改札を出る。駅のホームからでも見ることが出来る球場を目指して歩く。高速ガード下をくぐり右手へ歩を進め、球場に沿って歩く。左手に史料館が見えてくるとライトスタンドの入口はすぐそこだ。21号門から入場して通路を真っ直ぐ歩く。右側には焼き鳥などが売っていて、そこで買うときは買って突き当りを左に行けば左手に圧倒的スケールを誇る日本一のライトスタンドが威容を現す。そんななか歩を進め、階段を上がって振り向けば後ろには広々とした甲子園球場のフィールドを観ることが出来る。

 4月9日、今年の初観戦。その緑を体感しに甲子園のライトスタンドを登った。少しずつ少しずつ、1歩1歩あゆみを進める。そして振り向く。目に飛び込んでくる緑の外野フィールドと濃い茶色の内野フィールド。

 この国には人工芝の球場もある。ドーム球場もある。内野も芝生の球場もあり、メジャー仕様の球場もある。でもやはり、日本には日本の球場がある。多少のマイナーチェンジはされながらも、出来たときのコンセプトそのままに存在する姿を誇る球場がここにある。日本一のグランドキーパー軍団もここにいる。言っちゃ悪いが高校野球の舞台としては他の球場では様にならない。甲子園はこれ以上無いくらいの舞台だ。

 今回も試合前に、今年も観戦に来れたお礼を言うために、甲子園横の神社でお参りさせてもらった。神聖な場所へは少しでも神聖な気持ちで。
試合中、上の席からビールがこぼれてきたけどそれが故意ではないかぎり怒ることも出来ない。狭いライトスタンドでは、足を踏まれようが、少しくらいぶつかろうが、汚れようが、度を越さない程度や故意ではないかぎり怒ることなど出来ない。汚れて困るような服装で来るなってことだ。それが困るならイエローあたりでどうぞ! そんな感じだ。だから逆にデリケートな客層かもしれない。

 一番ホームから遠くて安い席が一番人気がある。他のスポーツにはナカナカ無い特異な現象なのかな?グリーンシートがフランス料理のフルコースを食べさせるレストランなら、ライトスタンドは赤ちょうちん。そして全員が監督兼評論家。赤ちょうちんには赤ちょうちんにしかない味わいがある。

 フルコースを食べている連中が経営者なら、赤ちょうちんで飲んでいる連中は下で働く労働者かもしれない。でもここでは労働者の方が上位観念。フルコースよりも赤ちょうちんの焼き鳥の方がご馳走になる。球場の雰囲気を作り、応援を突き動かすのはライトスタンド。黄色いジャージを着たなかの1人のサインで、たった1本しかない黄色の房が付いた長い棒で甲子園全体が動き出す。そんなライトスタンドの椅子の色も緑色。

 緑に囲まれた緑のある球場。球場を包む大歓声は草原を吹き荒れる風の音だろうか?虎が牙を剥き野生に戻るにはこのくらいの環境でちょうどいい。緑の上で伸び伸びと獲物を捕獲する猛虎の姿を今年もしっかり見届けたいと思う。

| T−コラム | 20:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
タイガースを愛しつづけた人へ(追悼文)
 僕の近所に腕の良い仕立て屋さんがいた。フルオーダーメイドのスーツなんて作る余裕がない僕だったけど、寸法直しや気に入ったシャツをジャケットタイプに加工してもらったり、お世話になっていた。

 でもある日、その仕立て屋さんの姿が見えないことに気付いた。そしてそのおじさんが末期ガンであることと、タイガースが大好きであることを僕は親から知らされた。

 それは2003年の5月頃、タイガースは史上稀に見るペースで勝ち星を重ねていた。

 ご家族は枕もとで、病床のおじさんに「お父さん、今日もタイガースが勝ったよ。」と語りかけ、励ましていたんだそうだ。そして僕にも「六甲颪を聴かせてあげたい。」というお願いがあり、僕はCDから六甲颪と選手のヒッティングマーチを録音してお渡しした。

 そして梅田のタイガースショップでタオルなどを買い、ご家族にお渡しした。

 余命がその時点でどのくらいあったか分からないけど、自宅療養の時点で長くは無いことは薄々気がついていた。優勝まで持つのだろうか?日本シリーズまで持つのだろうか?そんなことも頭をよぎった。

 タイガースは勝ちつづけた。そして2003年9月15日、セ・リーグ優勝を決めた。そのとき、おじさんは意識があったかどうかは分からないけど、とにかく生きていることは分かった。

 嬉しかっただろうなぁ。そう思った。そして何としても日本一になって欲しい。日本一になるところを見て欲しいし僕も見たい。そう思った。多くの人がそれぞれの想いを持ってタイガースに声援を送っている。そのなかには余命が少ししかない人もいたと思う。

 やがて日本シリーズが始まった。願いは叶わなかった。タイガースは日本一にはなれなかった。そしてしばらくして、おじさんがお亡くなりになった話を親から聞いた。僕がプレゼントした六甲颪の録音テープを何回も聴いてくださっていたそうだ。

 日本一、見せたかったな。見て欲しかったな。他に言葉が無いけど、そう思った。

 沢山のファンがそれぞれの想いでタイガースを応援する。応援の仕方が合わない人だっているし、ファン同士で喧嘩もするだろう。でもタイガースを好きな気持ちは持ちつづけたい。タイガースファンは球場に行ける人ばかりじゃなくて、離れているところにも、新聞でしか結果を知ることが出来ない人にも沢山いる。その思いがタイガースへの愛情として積って行く。

 今年もシーズンが始まる。

♪ 何度でも、何度でも、僕は生まれ変わってゆける。そしていつか君と見た夢の続きを・・・・・ 

 観戦仲間のおかやんもブログにいつか記事にしていた、ミスチルの『蘇生』という曲。曲の最後は確かこう結ばれている。「そうだまだやりかけた未来がある。」

 タイガースにはやりかけた未来がある。この世では再び日本一を見ることが出来なかった人もいただろう。でも生きている今、精一杯の後悔しない気持ちで今年もタイガースを応援したい。

 満員のスタンドでも、数年前みたいに閑散としたスタンドであっても、家でも職場でも、電車の中でもデート中でもどこであっても。

 あと2週間もすれば桜が咲き始める。そして満開か散り始める頃に今年もまた、僕の気持ちの中で諦めない折れない心でタイガースを観る長い季節が始まる。


 




 新居が外構部分を除き完成しましたので、引越作業の関係で19日から21日まで更新をお休みします。よろしくお願いします。
| T−コラム | 19:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
SAMURAI−EYES
それにしても頼りがいが出てきたものだ。そしてよくぞここまで変身したものだ。と関本くんを見るとそう思う。

 彼が1軍に勢い良く飛び出したのは2002年。怪我人が続出する中で関本くんはファームからやってきた。荒削りだけど濱中選手と飛距離を競っていた感じがしていただけに飛ぶときは勢い良く飛んでいった。

 でも下半身が不安定なこともあり長続きしなかった。

 関本くんは当れば飛ぶけど・・・という選手になるかもしれなかった。というよりそういう扱いにされかけていた。

 2003年は微妙な位置での活躍だった。そして2004年、僕たちは変身した関本健太郎選手の姿を見ることになる。

 あれほど飛ばすことに魅力を感じていた男が飛ばすことを一旦止めた。そして赤星くんを生かすべく、チームバッティングを心がけるようになっていた。チームにとっては不幸だったけど、サードを守るはずのキンケードも片岡さんも怪我で離脱した。開幕スタメンを目指していた男が先発の常連となっていた。

 その輝きは打順が2番に固定されてさらに発揮された。先頭の赤星くんが出塁すると、彼は粘り強く赤星くんが走るまで我慢していた。それは関本くんが2番に固定されてからの赤星くんの盗塁数の伸びを見れば一目瞭然だ。赤星くんも「次が右だと走りやすい。」と語っていた記憶がある。そう言わせるだけの貢献があったということだろう。

 そして関本くんは必死になって右打ちを心掛け、赤星くんが3塁に到達できるように身を粉にして打っていた。

 関本健太郎はホームランを捨てた。しかし代わりに身に付けたのはとてつもなく大切なプロで生きる上での自己犠牲とそれを具現化するバッティング技術だった。

 確かに守備範囲はセカンドとしては広いほうではないかもしれない。でも必死でボールを追う姿は彼の心意気を示している。

 肩もショートの割には弱いといわれていた。でもサードとしては何とかなっているし、セカンドならやれそうな感じだ。

 チームにはかつて、ホームラン打者と期待されたが三振ばかりでベンチにいる日が多くなるが、やがてホームランを追うことを止め、見事にレギュラーに返り咲いた男がいる。関本くんにとって濱中選手がいたように、彼にとっても新庄(現・SHINJO)選手がいた。そう、それは桧山選手のことだ。自分の本当の姿を見つめることは勇気がいることだ。でもそれが出来れば人間は強い。

 関本くんは「身近に今岡さんという手本がいる。2ベースを増やしたい。」と言っていた。赤星くんが塁に出れば、2ベースで楽々1点取れる。桧山選手の開いた道を、今岡選手を手本にしながら進めばこれは面白いことになりそうだ。

 生まれ変わって2年目の関本くんは大器晩成。長打力があり、広角にも打てる。そして守備も複数ポジションをこなす。こういった選手は長持ちするはず。そう、それはまさに彼の前に背番号3を着けていた選手と存在がだぶる。

 打席で目を瞬(しばた)かせる。それは照準を絞って投球を待つ仕草。そのあとに喰らわす乾坤一擲の一振りは相手の命取りにもなり得る。まさにSAMURAI 関本。その視線はSAMURAI−EYES。

 2003年の日本シリーズで打ったホームランはかつての自分へのお別れの区切り。2004年型から2005年型へ。背番号3は神様になれる手形のようなものだ。

 チームを活かし、自分も活きる。素晴らしいプレーを、魂のこもったプレーを甲子園で観れることを僕は楽しみにしている。




 ってことで、関本くんファンのしんさん、こんな感じでいかがでしょうか??
| T−コラム | 23:28 | comments(4) | trackbacks(0) |
本日2本立て『馬に人格を与えた男』(非プロ野球)
 競馬界の現役最年長騎手であった、岡部幸雄騎手(56歳)が引退を表明した。

 競馬騎手学校の前身である、馬事公苑出身。同期にはレース中のアクシデントで若くして引退することとなった“天才”福永洋一騎手、執念でダービーをもぎ取った柴田政人騎手、そして同時期にしのぎを削った郷原騎手、増沢騎手、年下だけど競い合った南井克巳さんといった面々がいた。言っちゃ悪いが今の騎手たちよりかなり凄い連中だったと思う。

 そんななかで、岡部騎手は勝ち星を重ねた。岡部騎手の功績は数字上でも凄いことになっている。でも岡部さんは涼しい顔で「いずれこれらの記録もユタカ(武豊騎手)に抜かれるでしょ。」と言っていた。

 岡部さんの競馬への姿勢を表す言葉に「馬優先主義」というものがある。自分の欲による勝利よりも、馬の成長と馬のためを思って騎乗する。それが勝利への欲がないと批判する声もあったと思う。でも競走馬は走らなければ馬肉になることがほとんどだ。余程気性が良いとか、血統が良い、などの理由がない限りは結果の出ない馬は種牡馬にも、乗馬にも、当て馬にもなれない。それを知っている岡部さんが勝利への執念が無いわけがない。そしてそんな騎手に、多くの調教師が騎乗を依頼するはずがない。

 それでも岡部さんにはファンも感情移入しにくかったと思う。

 一時期、競馬場ではG1勝利ジョッキーのゴール後のウィニングランのときに、ジョッキーの名前をコールすることが流行った(元祖はアイネスフウジンで日本ダービーを勝った中野渡騎手へのものと言われる)。でも岡部さんにはなかなか起こらない。その岡部さんに起こった初めての岡部コールは、岡部さんに競馬を教えたといわれる7冠馬“皇帝”シンボリルドルフの初年度産駒トウカイテイオー(父:シンボリルドルフ、母:トウカイナチュラル、母父ナイスダンサー)でジャパンカップを勝ったときだった。強くて巧すぎる騎手への最大級の声援が、晩秋の東京競馬場を包み込んだシーンを僕は覚えている。

 40代中盤以降はレースを限定しながらの騎乗だったと思う。でもG1に昇格したばかりのフェブラリーステークスを確か2年連続で勝ち抜いたり、短距離最強馬タイキシャトルでG1を制覇しまくったり、ビワハヤヒデで安定した騎乗をしたり、体力の衰えを補って余りある騎乗でお手馬を勝利に導いた。

 岡部さんは引退する。骨折や怪我により自分の思うような騎乗が出来なくなったということだろう。でも馬優先主義の人はそれだけじゃなくて馬のためを思って自ら鞭を置く決意をしたのかもしれない。岡部さんは競走馬に、自分の騎乗で迷惑をかけたくないから引退する。そんな気がする。

 競走馬のことを「あの馬」という表現を岡部さんはしない。岡部さんはいつだって馬のことを「彼は・・・」とか「彼女は・・・」とか「この子は・・・」と人間と同じように表現してきた。馬に対して決して上からモノを見ず、いつも馬の目線で物事を感じてきた名手岡部騎手だった。

 岡部さん、お疲れ様でした。僕は岡部さんの競馬が好きでした。
| T−コラム | 22:03 | comments(2) | trackbacks(0) |
恋の往復切符?1枚1,700円!!
 3月1日。ついにやってきた。ファンとしては正月みたいなものだ。チケット獲得電話大作戦!!

 午前10:00少し前から電話の前でスタンバイ。緊張からかしゃべりもしないのに喉は渇き、トイレは近い。やはり34にもなると頻尿になるのか、それとも矢野選手のHMを下品な替え歌にして口ずさんだ罰が当ったのか。。。

 午前10:00、電話開始。アナウンスは「この通話は、チケットぴあ予約センターにつながった後は・・・」と流れることも無く、「ツーツーツー」という話し中の音か、「ただいま電話が大変込み合っております。しばらくしてからおかけ直しください。」と流れるかどっちか。やはり矢野選手のHMを下品な替え歌にして口ずさんだ罰が当ったのか。。。

 でもそのまま闘いつづける俺と我が家の電話(愛機)のその名も「スーパーたけとらくん」(FAX供用:子機2台)@メーカーはオールスターゲームのスポンサー様のSANYO様。頼む!たけとらくん!!頑張ってくれ!!と祈るような気持ちで時間は経過した。

 すると突然、「この通話は・・・」とチケットぴあの待ち焦がれたアナウンスが。その後は徐々につながるようになり、狙っていたチケットは予約することができた。矢野選手のHMを下品な替え歌にして・・・矢野選手、ごめんなさい。

 誰と行こうとか、誰を誘おうとか、そういうのは正直言って決めていない。事前に約束していた方とはお互いに誘い合う仲なので、それは決まっているがそれ以上は何もない。

 正直言って、とても疲れた。1年分の仕事をした気分だ。実際にこれを通過しなけりゃ観戦予定も水泡に帰す。

 チームの成績次第では、きっとチケットは金券屋でもオークションでも原価割れをする。それがタイガースのチケットというものだ。恐らく僕も、大阪府や兵庫県に住んでいれば今日のように必死にならず、ある程度は抑えておいて残りは試合前日や、当日に金券屋さんを廻るなんて事もしただろう。でも今住んでいるところではそんなことはできない。

 ローソンチケットで取った分を、発券しているときのこと。僕の地元で平日の昼からチケットを発見する人は非常に珍しい。レジに並べられたチケットをおっさんがのぞいてこう言った。「甲子園かぁ。簡単に取れるの?」・・・・・俺はこう言った。「めちゃめちゃ難しいっすよ。」と。

 今年のチケ取りは、仮住まい中の部屋から行った。集合住宅の電話設定というのは配線がどうなっているか分からない。その点もとても不安だった。

 今はとてもホッとしている。とにかく事故無くチケットが届いてくれればそれでいい。席も7列目より上ならとても嬉しい。一緒に行ってくれる人のことはこれから考える。何とかなんだろ?

 昨年は試合前に仁川に行くと何となく「ボックス」か「ながし」でそこそこ勝って、そのせいか試合には全部負けた。なので今年は試合前に仁川に行かない。むしろ京都かどこかでお寺を巡って、それから行ってみる。

 今日、チケットが取れて決まったことは、今年も関西を中心とする観戦仲間のみんなと会えること。昨年見つけた暖かい雰囲気でカウンターしかない小さな飲み屋で、また今年もマスターとママさん、その店の常連さんとタイガースの話をしながら酒を飲めること。そして昨年も世話になった宿に泊まって、オヤジさんに会えること。24時間、360°阪神タイガースのお膝元で生活にタイガースがある風景にどっぷり浸れる幸せを味わえること。そして何よりも、長い間ずっとタイガースを地元で支えてくださっている皆様の住む場所に感謝の気持ちで行くことができること。

 「おはよう」の代わりは「今日の相手はどこや?」

 「こんにちは」の代わりは「今日は誰が放るんや?」

 「こんばんは」の代わりは「今日は(も)勝ちましたなぁ」(負けたら「今日はアカンかったねぇ。」)

 この挨拶ができる場所に今年も行けること。

 阪神タイガースと阪神甲子園球場と離れる場所に住んでいる僕にとってはこれが至福のとき。恋愛と同じで、離れれば離れるほど・・・というやつだ。遠距離には遠距離にしかない楽しみ方や気持ちがある。

 プロ野球のフランチャイズのない場所に住んでいる僕にとって、タイガースは黙っていたらやってこない。そっちがこないなら、こっちが行くぜ!!早い話がそういうこった。

 チケットを確保できた今、僕もオフシーズンは終了。これから新幹線の切符取り、宿泊予約、新しい?HMを覚えたり、やることは山ほどある。歳なりに考える嫁探しは続けることは続けるけど少し控え目に。みんなには「エロ」って言われるけど、間違えちゃいけないのは「エロ」であっても「スケベ」ではないこと。これは重要なことなので間違えないように。でも今年は「エロ」とは言わせないよ〜。
関西を始めとする各地の観戦仲間の皆様、今年は住宅ローン返済が始まるため、お土産はありません、ごめんなさい。でも甲子園でお会いしましょう。
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| T−コラム | 19:05 | comments(4) | trackbacks(1) |
打たれたらどうするんじゃ?! 打たれません!!
 タイガースファンでも広島カープは嫌いではない。そんな人は多いと思う。それは僕も同じ。タイガースにはこのところ毎年広島から来た選手がいるという理由だけでもない。

 赤ヘル軍団という愛称でプロ野球界を制していた時期もあるチーム。地域密着型で、財政難の時期には樽募金などでファンがチームを支えた球団。この球団が再び成功することが新しい日本プロ野球の姿かもしれない。とまぁ、そんな風にも思う。

 その練習は12球団一と言われる厳しさがあり、若手を獲得して徹底的に鍛えて使う。それはお家芸というより家風と言っても差し支えない伝統である。

 ただし、マネーレースはできないためか、FA宣言を認めていない。金本選手もFA権利を獲得した際に広島残留を前提に「成績が悪かったから年俸が下がっても構わない。再契約金は1,000円でもいいからFA宣言させてくれ。」と言ったとされる話は有名だが、それでも「君の場合はいいかもしれないけど、今後宣言する選手にはそうもいかなくなる。」とかで結局金本選手放出へと流れは傾いていった。

 その広島東洋カープには津田恒美(途中から『津田恒実』に改名。ただし本文では「恒美」とさせていただきます)という選手がいた。まるでグランドで飛び跳ねるかのように躍動するプレーぶりについたのは【炎のストッパー】という愛称。まさにそのごとく、炎が出そうなストレートで相手を押さえ込んでいった。

 現在のストッパー像を見ると決め球が変化球の選手が多い。佐々木選手のフォーク、高津選手のシンカー、小林選手の高速シュート系など。でも津田選手の決め球は問答無用のストレート。今で言ったらヤクルトの五十嵐亮太選手より少しだけ球速が遅いけど(それでも150km/h前後)キレは遥かにそれ以上という選手だった。

 津田選手が自らに言い聞かせていた言葉が「弱気は最大の敵」というもの。元々ノミの心臓だった彼に臨時コーチが与えた言葉だ。その言葉を胸に、不安があったかもしれないマウンド上でも決してその姿を見せることなく、強気のストレート1本勝負!!そんな選手だった。

 津田さんは平成3年開幕早々に脳腫瘍が発見され、ついに2度とマウンドに立つことが無かった。津田さんの事に関しては、様々な書籍で書かれているから詳しくはそちらを読んでいただいた方がいいけど、今日の報道では広島投手陣が帽子のつばの裏にこの言葉を書き込んでキャンプインしたと伝えられている。(津田さんの魂 受け継ぎます @デイリー

 広島市民球場のライト側のブルペンには生前の津田さんの功績を称える1枚のプレートが埋め込まれているそうだ。そしてそのプレートには、『「笑顔」と「闘志」を忘れなかった男』と書かれている。そのような偉大な選手の魂を刻んで投げる広島選手陣は今年も強敵になると思う。

 広島のスポーツ界には時々不世出の選手が出る。日本代表及び専売広島(現JT)バレーボール部の名セッター猫田氏、そして津田さん。でもいずれも癌で倒れている。そして最後まで生きることだけでなく、プレーすることを諦めない姿勢。広島という土地はかくも強い意思を持つ土地なのだろうか?様々な文献を読むにつけ、そう思わずにいられない。

 でも、実はタイガースにも弱気は最大の敵とする現役生活を送ったコーチがいた。その人の名は西本聖さん。2003年の投手コーチだ。140km/h出るかどうかの球速だったけど、果敢に得意のシュートで内角を攻め、読売を優勝に導いていた方だ。

 その西本さんが投手コーチとしてブルペンにいた頃、リリーフとしてマウンドに上がる選手とブルペンで胸座(むなぐら)を掴み合って殴りあう寸前までに声を荒げていたという話を思い出した。

 「おい!お前!!そんなことで打たれたらどうするんだ!!」と声を荒げる西本氏、その声に対し「絶対に打たれません!!」と言い返す投手。このやり取りが2003年の磐石の中継以降を作り上げていた。

 【弱気は最大の敵】 津田さんが伝えてくれた言葉は広島東洋カープに今も息づく。でもタイガースにもその息吹はきっと残されている。

 弱気にならず、相手が強ければ強いほど、窮地になればなるほど闘志を燃やし戦い抜く。猛虎魂ってのはそういうものだ。
| T−コラム | 22:09 | comments(4) | trackbacks(0) |
アニキ藪
 藪さんのMLBアスレチックス入りの記者会見が行われた。藪が会見「すごく興奮している」背番号13@なにわWEB

 タイガースのエースは井川選手。という人が多いと思うけど、僕の中では藪さん!!だった。

 2年や3年間の好成績だけでエースと言うのではなく、藪さんはどんなときでもタイガースを支えるエースだった。

 藪病とでも言えばいいのだろうか?突然崩れ始めるときが多かったけど、それでもエースはエース。タイガースのエースと言えば藪さんだ。

 その藪さんがメジャー挑戦をする。年齢は36歳だけど、若々しさは相変わらずであと5年はできそうな感じがする。

 藪さんのピッチングの特徴は、正直言って無いと思う。その分、多種多様な球種でどんな相手にでも対応できる強みがある。

 昨年は非常に安定したピッチングだったけど援護が無くて負け投手になることが多かった。現時点で僕の最後の藪さん登板試合は5月14日の対広島戦。8時過ぎに試合が終わってしまった試合で、やはり負けた試合だ。そのときも絶好調に安定していた。

 藪病とか言うけど、藪さんのハートは強い。やろうと思えばきっと喧嘩もできるだろう。有名な清原選手へのデッドボール。清原選手が3発目のデッドボールを喰らったときに、マウンドの藪さんに向かい「3回目やぞ!」と指を3本突き立てて怒ったシーンを、藪さんはラジオで「あれは、『俺は3億もらってるんだぞ!』って言ってるんじゃないですか(笑)」と爽やかに言っていた。

 東京経済大学⇒朝日生命⇒タイガースという経歴を持ち、保険に関する知識はあるし、経済にも精通しているという一面も持つ。藪株は上昇するかしないか。ここは藪株赤丸急上昇を願いたい。

 爽やかなルックスから入団時は織田裕二に例えられ、実際ルーキーイヤーに連勝スタートしたときの新聞の写真を見ると本当にイケメンなんて言葉が陳腐に見えるくらいかっこいい。

 才色兼備とは女性のための言葉なんだろうけど、藪さんだってそうだ。「色男 金と力は 無かりけり」とは昔の言葉だけど、そんな言葉を爽やかに笑い飛ばせるような男。

 アスレチックスは独自の方法で若手主体にチームを作り、サラリーが高くなると迷わず他球団に放出し、また若手を育てるというチーム。でも僕が高校生の頃はヘンダーソン、カンセコ、マグワイヤなどの強打とサイドスローの最強クローザーのエカーズリーを擁してワールドチャンピオンにもなっているチーム(だと思うけど)。ちなみにカンセコの兄弟が一時期近鉄にいた。そのチームの今年のエースは26歳の投手。そこに藪さんは入ってゆく。まさしく頼れる存在のアニキ藪!!

 経験の無い投手陣の中で、MLBでは新人とはいえ最下位から優勝まで経験豊富な藪さんは貴重な戦力になるはず。

 繰り返し書くが、アスレチックスは年俸が高騰した選手は放出するチーム。藪さんも活躍次第では数年後には年俸高騰で移籍するかも。いや、そうなったら痛快だ。

 藪さんは何年か後にきっとコーチとしてタイガースに帰ってきてくれるはず。それほど経験や実力、理論もある人だと思う。だから今回の藪さんのMLB移籍はFA取得後ということもあり、いつかきっと「おかえりなさい。」を言えることを信じて、心から活躍を願っている。

 猛虎魂を見せ付けろ!頑張れ!藪さん!!

 ってこの文を書きながら、ericoさんが藪さんに憧れる気持ちがとてもよくわかったよ。
| T−コラム | 21:51 | comments(6) | trackbacks(1) |
黄金のマサカリ(非阪神)
 元ロッテ・オリオンズ(現千葉ロッテ・マリーンズ)のエースだった村田兆治さんが野球殿堂入りを果たされた。このニュースは僕としてはかなり嬉しかった。殿堂入り…村田氏生涯マサカリ@デイリー

 現役時代の村田さんのチームは、お世辞にも強いとはいえなかったチーム・・・というかはっきり言ってBクラスが多かったロッテでずっとエースを務めていた。

 独特のマサカリ投法(思いっきり足を振り上げて、マサカリを振り下ろすかのように投げる)で、あの狭い川崎球場で、あの弱かったロッテで215勝をあげた。もしも現役当時強かった阪急ブレーブス(現オリッ鉄)にいたら、300勝くらいしたんじゃないか?そのくらいの投手だった。同時期の投手のライバルは山田久志さん(阪急)、鈴木啓示さん(近鉄)、東尾修さん(クラウンライター)だったと記憶している。

 1981年に最多勝に輝いたが、肘の故障で83年には渡米してF・ジョーブ博士の執刀で手術する。当時は肘にメスを入れるなどと言うことは今ほどポピュラーではなく、むしろ投手生命の終わりという感覚だった。しかし村田氏の現役生活にかける執念ともいえる熱意は誰も歩かなかった肘へのメスという道を切り開く。

 そして3年近いリハビリを超えて1985年に奇跡ともいえる復活。中6日のローテで毎週日曜日に登板する姿から「サンデー兆治」と呼ばれた。僕の記憶の中で一番鮮明に残っているのはこの頃の姿だ。復活した剛速球とフォークボールで17勝をあげた85年、女房役の袴田捕手(現千葉ロッテのコーチ)とマウンドでグラブを口元に当てながら会話する姿は印象に残っている。この時代の「鉄人」といえば打者では衣笠さん(広島)、投手では兆治さんだった。

 村田さんは現役引退後、ダイエー(当時)の投手コーチなどにも就任したが、それよりも何よりもすごいのはマスターズリーグで50歳を過ぎた今でも球速140km/hを超える球を投げ込んでしまうところだ。現役でも140km/h超えない選手もいるなかで、引退後10数年経過しているにも関わらず今でもこの球速。マスターズリーグに置いておくのはもったいない気もする。

 現在はマスターズリーグでプレーしながら、名球会の活動、そして離島で野球を伝道する活動を続ける。「速い球を投げると子供が喜ぶ。」という理由で速球に今もこだわる。子供を喜ばせることができるということは、自らも子供の視点で今でも野球を見ることができるということなんだろう。

 永遠の野球人、不世出の鉄人、稀代の大投手。そして常に丁寧な受け答えで謙虚な姿勢。誉めても誉めすぎということが無い数少ない投手と言っても過言ではない。

 名球会は記録で入会資格を得るけど、野球殿堂は記録だけじゃない部分も評価される。そういう点では村田さんの殿堂入りは本当に氏に相応しい栄誉だと思う。湖から女神が持って出てきたマサカリは本人には普通のマサカリであっても、僕たちには眩しすぎるくらい、金色に誇らしげに輝く黄金のマサカリだった。

 村田兆治さん、野球殿堂入り本当におめでとうございます。村田さんなら還暦過ぎても140km/hを超える投球を見せてくれると信じています。

 タイガースの選手からも後に続く投手が出るといいなぁ。



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| T−コラム | 21:53 | comments(2) | trackbacks(0) |
ロザリオにくちづけを
ロザリオにくちづけを

 神への敬虔な信仰心。そんな姿を見せる選手がタイガースに1人いる。数多い外国人選手の中でもそんな姿を見せるのは彼だけだ。

 背番号14番ジョージ・アリアス選手。来日当初はオリックスにやってきて『ジョージ』という登録名のホームラン打者だった。そしてタイガースにやってきて『アリアス』に変身した。

 長打力はそのままに、確実性を増やす。そのテーマは彼が日本球界でプレーする間は永遠に続くものなんだろう。時折見せる『ワダサンスタイル』のヒット。伸びてゆく右方向への打球を見ればツボにはまった彼の力は恐ろしいほどのものだと実感できる。
 
 ロザリオにKissを。

 神への感謝を欠かさない彼はヒットを打ったり、ホームランを打ったり、チームに貢献できたときに必ずする行為だ。ホームランやヒットを打てること、好プレーが出来ること、試合に出られること、これは全て神が彼に与えてくれた試練であり喜びである。家族を愛する彼が母国から日本へ1人で来てプレーするということは他の外国人選手に比べれば一層の孤独感を感じたことだろう。でも彼にはいつも隣にいてくれる神がいた。ロザリオがあれば孤独じゃない。きっと遠くはなれた国でプレーすることも神様が与えてくれた彼へのチャンスだと思うことが出来たんだろう。この辺は結婚式のときだけ教会へ行く人が多い日本人には理解できない敬虔な気持ちかもしれない。もちろん、クリスチャンではない僕にも完全には理解できないことなんだろう。

 彼の首のチェーンに付いているロザリオ。きっと汗などで色も褪せているかもしれない。でも彼はそれを替えることはないだろう。色が褪せても気持ちは色あせない。感謝の心も色あせない。それは彼を見ていれば簡単に分かることだ。

 ロザリオにKissを。

 その信仰心と神への思いは彼にしか理解することは出来ないだろう。でも、僕たちにも似たような気持ちを持つことは出来る。アリアス選手にとっての神。僕たちファンにとっての甲子園、そしてタイガース。比較することが正解かどうかは分からないけど、どちらにとってもかけがえのないものであることに変わりはない。

 今日もアリアス選手はロザリオにKissをする。僕たちファンは今日もタイガースを応援する。それはどちらも途絶えることがない行為だ。全く別にも思える2つの行為が1つになる場所が甲子園球場。大観衆の声援が響く中で活躍する、そして時に塁上で、時にベンチ前で彼は僕たちファンとチームに幸を与えることが出来たことを神に感謝して彼はさりげなく今日もする。

 ロザリオにKissを。
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| T−コラム | 21:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
コブシを握れ
 記録よりも記憶に・・・とは一流選手がよく言う言葉だけど、やっぱり記録にも記憶にも両方残ることに越したことはない。

 今年のタイガースの大記録としては金本選手が更新中の連続フルイニング出場記録を真っ先に上げる人が多いだろう。直前の左手首への死球は見ているこっちが辛いほどのものだった。でも金本選手は立ち上がる。歯を食いしばって立ち上がる。そして出来る全てを出し切るために軽量バットに変え、出場を続ける。

 金本選手といえば試合中に大げさなアクションをしない人という印象が強い。でも今年は握り締めたコブシを突き上げる、日本シリーズのサヨナラホームランを思い出させるようなポーズをとったこともある。丈夫なだけじゃない、成績だけでもない、それ以上に気持ちを持たなければ記録と記憶は残らないものと思い出させてくれた出来事だった。

 次の記録といえば、藪選手の1000奪三振。達成試合は負けたけど、それまでの歴史が否定されるはずはない。藪選手といえば俗に言う暗黒時代を支えてくれた投手。今でも僕はタイガースのエースと言えば藪選手と言い切ってしまうことが多い。勝てないタイガースといわれる中、藪さんでしか勝てない時期も長くあったことも事実。他の球団だったらもっと勝てていたんだろうけど、それでもタイガース一筋でずっと投げ続けてくれた藪さん。積み重ねた三振の数は僕たち長いファンの思い入れも重ねてきたものということは確信できることだ。

 そして最新の記録といえば桧山選手の1000本安打。入団して14年目で1000本というのは達成した人たちに比べれば決して早いほうではない。でも長い歴史を持つこの阪神タイガースで、タイガースのユニフォームを着て達成した人は桧山選手で14人目なのかな?というくらいの貴重な数字だ。桧山選手といえば、笑顔が印象に残る選手だけど、気持ちの強さを忘れてはいけない。顔面への死球の後の大活躍は1回だけじゃない。どうやったら恐怖心を克服できるのか?と思わずに入られないくらいの精神力で打席に立ち向かい結果を残す。濱中選手やキンケードといったライト候補がいても結局は桧山選手が出場しているという事実を僕たちファンは見逃してはいけない。

一時は1番新庄、2番桧山という今思えば無茶苦茶な打線に入れられたこともあったけどそれでも悔しさなどを表に出さず、チームのために戦う桧山選手の1000本安打は数字以上に記憶に残るものだ。

 30台の選手をベテランと呼ぶよりは『働き盛り』と呼んだほうがいいというのは昨年の星野さんの言葉だけど、働き盛り以上の表現があればその言葉を使いたいくらいだ。金本選手が移籍してきてウェートトレーニングをしている横で、負けないようにトレーニングをしていたのは桧山選手だ。そして一緒になって長い間チームを支えてきたのは藪選手。ともに投打の中心としてチームを作ってきた選手だ。
 
 競争しているのはショートやサードといった内野手だけじゃない。出場が確約されているような選手も必死で戦っている。彼らがグランドで、マウンドで握り締める拳は記録や記憶を残すための影の必死の努力がほんの少しだけ顔を出した、姿そのものだ。

 後世に立派な記録と記憶、本当におめでとうございます、金本選手、桧山選手、藪選手。
働き盛り3本の矢の陰の努力と流した汗と涙に拍手を!!
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| T−コラム | 21:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
言葉の魔力
 勉強嫌いな僕だったけど、中学のときの国語の先生が最後に教えてくれたことだけははっきり覚えている。それは言葉遊びで、1文字ずつを変えてゆくことで違う単語を作ってゆくゲームだった。

 使用する言葉はでたらめな物ではダメで、ちゃんと国語辞典に載っている言葉を使うこと。そして同じ言葉を2度使わないことがルールだった。

 例えばこんな感じだ。
「まけ」

「まち」
  ↓
「かち」

 といった具合だ。こうやって1文字ずつ変えて行き、最初は悪い意味であっても、最後には良い意味にして行く、そんな人生が好きだ。と先生は教えてくれた。普段はふざけた・・・というか授業もろくに聞かない生徒だったけどこの話は真面目に受け入れることが出来た。

 そこで阪神タイガースという球団にもこの言葉を当てはめてみた。スタートは1985年の日本一。これを「栄光」という言葉からスタートしてみよう。

 栄光からのスタートだったけど、数年後にはBクラスと言う、まるで光が遮光されたかのようにチームは低迷し、優勝争いからも遮断されてしまう。しかし長いBクラスを続けるうちに、チームは決断する。外部から監督を招聘しよう!と。それは球団を変えてゆこう、強いタイガースを取り戻そうという決意の表れだった。

 やがてチームには球界一の熱意を持つ闘将がやってくる。そして意識が変わった選手たちがシーズンでは熱闘を繰り広げ、日本シリーズでも激闘を重ね、タイガースファンだけでなく日本中に夢を与えた。

 いま、球界は激動の中にある。タイガースだってその中に身を置きながら勝利を目指し、希望をつかむために戦っている。まだまだ道の途中だけど、これからも様々な思いを乗せて戦ってゆく。感動をもう一度!!昨年以上の感動を味わえる日はきっと来る。そしてそれは遠くはない。

 NEVER NEVER NEVER SURRENDER 諦めないところに結果はついてくる。厳しい、本当に厳しい戦いだけど、信じてついて行こうと思った。タイガースファンとして。

 どうだろう?ここまでの文で、前述した言葉遊びが出来ていることに気付いていただけましたか?

 「栄光」⇒「『遮』光」⇒「遮『断』」⇒「『決』断」⇒「決『意』」⇒「『熱』意」⇒「熱『闘』」⇒「『激』闘」⇒「激『動』」⇒「『感』動」 となっています。(『』内は変えた言葉ですね)

1つ1つを変えて行き、最後に目標に辿り着く。その繰り返しがチームを目標に導く。変えることを恐れずに、自信を持って進む。一歩一歩の繰り返しが勝利への階段を上がるものと僕は信じて止まない。怯まずに前進する阪神タイガース。その姿があったからこそ、僕は子供の頃からタテジマに夢中なんだ。
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| T−コラム | 21:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
希望への道
 たったひと振りが雰囲気を変える。そんなことが出来る選手がまた1人現れた。

 「また」と書くのには理由があって、既にタイガースにはひと振りで雰囲気を変えてしまう選手が既にいるからだ。既にいる選手とは今岡選手だけど、今回書きたいのはタイガースに待望の2人目の努力する天才の匂いがする選手が現れていることだ。彼の名は「鳥谷敬」選手。言わずと知れた今年のルーキーだ。

 7月25日の甲子園、7回の先頭打者として打席に立った彼を見て思ったのは「たくましくなったなぁ。」だった。そして期待に違わず綺麗なヒットを打って出塁した。以前の彼なら当てにいって内野ゴロになっていたかもしれない。短期間にこんなにも雰囲気が変わるものなのか?!そう思わずにいられなかった。

 彼が試合が終わった後に室内練習場で居残り特打ちをしていたのを知っている人は大勢いる。1軍の遠征に帯同し、1軍の試合と2軍の試合の両方に出場できる日(親子ゲーム開催日)には、昼は2軍の試合で実戦勘を磨いていることも皆が知っている。聖望学園で甲子園に出場、早稲田大学では六大学のスター、一見スター街道ばく進中のようだけど、今シーズン開幕から今までのような試練から立ち上がってくる力が無ければスターになんてなれなかった。それに本人は自分をスターだなんて思ってもいないだろう。せっかくの才能も正しく使わなければ腐ってしまう。ダイヤモンドの原石だって、そのままにしておけばただの石ころだ。でも彼は違う。自分の努力で自分を磨き、今やっと輝きだした。

 チームには同じような大型内野手の先輩で、輝きを取り戻した先輩の今岡選手がいる。単純に比較は出来ないけど、鳥谷選手は「足が速くなった今岡選手」みたいになれる可能性を秘めている。もし今岡選手に足の速さがあったら、それこそ虎に翼と言うやつだ(さすがに今岡選手の内角打ちのバットコントロールは真似が出来ないかもしれないけど)。

 まもなくアテネオリンピック。現在のレギュラー・ショートの藤本選手は日本代表として派遣されて行く。そしてその期間は鳥谷選手が先発を務めることが有力視されている。与えられたチャンスかもしれない。でもこのチャンスを呼び込むのも実力だし、モノにするにも実力。彼がプロに入ってから流した汗の結晶を見せつけるときがやってきた。自由獲得枠の実力は伊達じゃないところを見せてくれ!!名字に入っている「鳥」という文字のごとく、猛虎の背中に翼を羽ばたかせて高く舞い上がる日が近づいている。そんな期待感が日に日に僕の中で強くなっている。藤本選手には悪いけど、帰ってきても先発鳥谷という可能性だって充分ある。

 ひと振りで流れを変えてきた希望の轍、勝利への道、【way to A victory】。八木選手、今岡選手、皆で作ってきたこの道も1人でも多くの選手で歩いたほうが道は広がる。表には出さないが闘志を内に秘めて燃える様は画面からでもしっかり分かる。今は使われていないヒッティングマーチだけど、鳥谷選手にぴったりな曲がある。
 
 ♪ 今 新たな 時代を切り開け 鳥谷敬 熱く燃え上がれ ♪ 彼はタイガースの希望だ。
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| T−コラム | 21:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
お楽しみは・・・これからだ!
 まずは前半戦が終わった。今シーズンはチャンピオンチームとして戦いに望んだタイガースだったけど、こんなにしんどいものだったかな?という感想を僕も含めて応援している人は持ったことだろう。どのチームもエース級をぶつけてきて、さらに研究してくれば苦戦するのは眼に見えている。しかも情報分析技術はひと昔前とは全然違うから、なおさらだった。追う者よりも追われる方が辛いというのは本当のことだ。

 それでも前半戦は5割。このノルマ?は達成できた。怪我人が多くて思うような戦術も組めなかっただろう。采配に色々言う人もいたけれど、岡田さんも1軍では1年目の新人監督。言い訳にはならないけれど自分自身でも困惑した采配になったこともあるだろう。

 でも前半戦は5割だ。決して悲観する必要は無いと僕は思う。その5割だって、去年のタイガースのように1チームがぶっちぎっている状態での5割ではなく、かろうじて頭1つ抜けたかどうかのチームが1つあるだけだ。直接対決で連勝すれば思いっきり近くになってしまう程度の差。これで悲観するほど柔な神経じゃいけないなって思う。もっとタフな神経で応援しないとタイガースファンは務まらない。

 とにかくこれでオールスター・ブレイクに入る。個々に反省し、個々に工夫する。そんな日々を過ごす選手もたくさんいるだろう。

 今シーズン初戦を迎えるとき、岡田監督は選手の前で『常勝タイガースの始まり』を口にしたという。常勝・・・そこに辿り着くまでは簡単な道ではないことは分かりきっていることだ。苦しさ、悔しさ、辛さ、そういったものを背中に背負いながら戦いは続く。でも皆に流れる気持ちは一緒。『決して諦めない』・・・歯を食いしばって前を向こう、できることを全力でやろう。

 思うようにならなかった前半は昨日で終わり。今度は思い描くようなタイガースになるように後半を戦おう。昨年味わった喜び、感動を、選手も首脳陣も、ファンももう1度思い出そう。そうすれば何をすればいいかきっとわかるはず。ポジティブに考えちゃう僕は「これで優勝したらかっこいいなぁ。」などと考えてもしまう。

 今はイニングで言ったら5回裏を迎えるって所かな?苦戦しながらも5回裏で同点といったところだろう。5回裏で同点なら試合を諦めるには早すぎる。っていうか、諦める人はいないよね?さぁ、これから炎の5回裏が始まります。僕たちも一層の気合を入れて応援しよう。

 本当の楽しみも喜びも、まだまだこれからやってくる。ハヤブサというプロレスラーが言っていた決め台詞、今の僕たちファンにぴったりの言葉があるので最後に大きな声で叫びたい。

 お楽しみは、これからだ!!
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| T−コラム | 21:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
神様の背中
 少し前のコラムで風姿花伝を引用したのだけれど、これは何も阪神甲子園球場だけではないということを思い知らされた出来事が読売3連戦であった。

 代打の神様と呼ばれ、ファンから尊敬される八木裕選手のことだ。

 いつから代打の神様といわれるようになったか、はっきり分からないけど僕の記憶では野村監督時代に脅威の代打成功率を記録して以来、そう呼ばれるようになったと思う。

 入団時や若手選手の頃は『掛布2世』とも呼ばれ、ホームランバッターとして期待もされていた。しかしラッキーゾーンもなくなり怪我も重なるうちにレギュラーから代打へと活躍の場を移す。

 いつだったかテレビで八木選手のベンチ裏での行動を見たことがある。試合が進むにつれてベンチ裏の鏡の前で素振りを始める。試合の喧騒が遠くに聞こえる場所で八木選手は徐々に神様に変わってゆく。そして体を作ったあとにベンチに戻り、目をナイター照明に慣れさせるといったものだった。

 代打とは孤独なものなんだろけど、その姿は控えにいる選手に多くの影響を与えていた。いつでも試合に出るつもりで準備をしている姿は多くの選手の見本となり、ベンチに一体感を与えている。

 試合前のアルプススタンド階段3往復は八木選手が神様に変身するための儀式みたいなもので、それはまるで甲子園を感じ、空を感じ、風を感じる時間のようだ。そして試合になると静かな闘志を蒼く燃やし、打席に入る。

 正直言って選手生活としては晩年を迎えてしまっているだろう。でも、その姿は年輪を重ねてきた強さに裏打ちされたものであり、屋久島の縄文杉のような神々しさすら感じさせる。

 「これこそ実際に目のあたりにした、年老いても散らずに残る本当の花の証拠である。(現代語訳)」と風姿花伝で書かれているように、今の八木選手は決して枯れることがない本当の花を咲かせている。その花は甲子園の『代打 八木』というアナウンスと共にさらに大きく花を咲かせる。ホームランは望めないかもしれない、振りも鈍くなっているかもしれない。でも八木さんには八木さんにしか出来ないバッティングがあって、八木さんにしか任せることが出来ないことがたくさんある。

 八木さんが代打で出るということは、それまで出ていた選手がベンチに下がることにもなる。そんなときに八木さんは「ごめん、代わるな。」というように声をかけているという。この慈愛溢れる姿はただの選手にできることではない。彼のことを人は『代打の神様』と呼ぶ。でも代打の神様だなんて表現じゃ物足りない。八木裕選手は代打の神様じゃなくって、『神様が代打をやっている』んだ。僕はそう思っている。

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| T−コラム | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
ブーメラン・スライダー
 鬼のような形相とはこの人のための言葉かもしれない。

 タイガースの後半を締める男の話だ。

 昨年までの強烈さは影を潜めている感もあるが、この人の場合はセーブの加減がわからないという方がいいのかもしれない。

 ブーメランの国、オーストラリアからやって来た、ブーメランのようなスライダーを投げる投手。男の僕から見ても、イロオトコと思ってしまう選手、その名は「ジェフ・ウィリアムス」。

 昨年のオープン戦で、僕はテレビでドえらい物を見てしまった気がした。

 相手は右打者だけど、それをあざ笑うかのようにベースの外を舐めて行くかのようなスライダー。左打者には思わず腰を引かせるようなスライダー。「こいつはマジで打てねぇや。」そう思った選手はここ数年いなかった。

 それだけではない。彼の左腕から放たれたスライダーは曲がりすぎて、スウィングしにきた右打者に当たってしまったのだ。

 普通デッドボールをぶつけてしまえば投手は帽子を取って謝るものだが、このときの彼は違った。「振ってるぞ!ストライクじゃねぇか!!」(推定)と、赤鬼のような形相でまくし立てたのだ。ぶつけられた方も振っているだけに抗議もできない。こ、こいつはすげぇ。そう思わずにいられなかった。

 それからの彼の活躍は記憶に新しい。途中で疲れも出たかもしれないが、それは日本の夏特有の湿気などであっただろう。秋になれば日本シリーズでキッチリ仕事をしてくれた。

 何もそこまでリキまなくても・・・と思うが、タイガースに一番欠けていた気迫を持ってきた。監督が「勝ちたいんや!!」と言ったのを言葉が通じなくても理解してマウンドで体現した男である。

 おそらく子供時代にブーメランで遊んだこともあるのだろう。そうでなけりゃあんな手元を離れて再び手元に帰ってきそうなスライダーなんか投げられない。母国オーストラリアのエアーズロックや、ジムジム・ウォール、グレートバリアリーフ辺りを1周してきそうな、いや、世界を1周してきそうなくらい、見事なスライダー。

 僕の勝手な思い込みでは、彼のスライダーは大洋ホエールズの平松さんのカミソリ・シュートのように、無敵のものになれる可能性を秘めている気がしてならない。未完成のブーメラン・スライダーを持つ男、ジェフ・ウィリアムス。彼の手元から放たれたスライダーはキャッチャーめがけて飛んでゆく。
そして勝利が決まった瞬間に、彼のボールはファンの大歓声にチームの勝利、そして笑顔という獲物を捕らえて手元に帰ってくる。それをガッツポーズと共に掴み取る。まさにブーメラン!!

そんな不思議な力を持つスライダーが完成に近づいたとき、彼の気迫あふれる表情と勝利のガッツ・ポーズが更に輝いて、大きくチームを取り囲む。それはまるでブーメランの軌道のように。

※ 共著 ニギリコブシ拳@ゼンゼコ 
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| T−コラム | 20:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
4番の背中
 目覚めたか?そう思えるかのような読売3連戦だった。負け越しておいて何を言ってるんだ?と言われそうだが、なんと言っても投手陣の頑張りが帰ってきた気がしていた。

 この頑張りを横浜相手にも・・・と思わなかったわけじゃないけど、とにかく失っても余りある収穫があったと思う。

 3連戦はテレビ観戦だったが、そんななか印象に残ったのは3戦目の解説の掛布さんのおっしゃった言葉だった。

  「4番はチームの成績を背負うんです。」

 そう、今年の4番は金本選手。3試合目も特大のホームランでチームを勝利に導いてくれた。でもチームも自身の成績も伴っているとは言い切れない。自身でも「ここまでは4番として30点。」と言っており、それを汲んだ掛布さんの言葉だった。

 その掛布さん。現役時代は田淵さんのあとに4番に座りチームを引っ張った。その在籍中にはタイガース史上初めての最下位もあったし、怪我に泣かされた日々もあった。それまでは田淵さんという大きな存在があり、また氏の大らかな雰囲気から感じることは出来なかったが、掛布さんが4番になった途端「今までは田淵さんがいたから好きに打てた。でも田淵さんはチームの成績を1人で背負い、周りの声を受け止めていてくれたんだ。」と感じたという。これこそが4番が背負うものなんだろう。

 今までタイガースには何人もの4番打者がいた。当然見たことは無いが景浦選手、藤村選手といった伝説の選手から子供の頃タイガースに夢中になったときの4番が田淵選手、そして掛布選手、バース選手。それぞれの選手がいろいろな思いで4番とチームを背負ってくれてきた。
 
 そんななか今年は金本選手が4番に座る。他球団からFA移籍してきた選手で4番に座る選手は久しぶりという印象がある。昨年の3番から進化した4番が見られると期待した人も多いだろう。でもタイガースの4番という、12球団の中でも特別な雰囲気の中でプレーすることはそう簡単に自分の実力を出すことを許してくれないのだろうか。

 現在の打順では昨年の4番の桧山選手が金本選手の後を打つことが多い。昨年の4番は優勝に連れて行ってくれた。今年の4番は連覇を目指す下での4番、プレッシャーも相当だろう。でも金本選手の姿勢は3戦目に9回のペタジーニの打球に飛び込んで行ったプレーからも充分伝わってきた。「おとなしいプレーで連続出場記録更新しても嬉しくないんじゃ!!」とでも言いたげな姿だった。やはり4番は首からぶら下げるものではなくて背負うもの。そんなことを感じたプレーだった。金本選手も4番として必死なのだ。

 現在のチームには彼こそが次代の4番!という決定打のある選手はいない。一番近かった濱中選手も怪我が長期化していて確約は出来ない。若手では桜井選手、喜田選手といった名前が挙がるがまだ時間がかかりそうだ。でも、こういった4番がいるうちに次の4番を発掘しなければいけないと思う。外国人選手を座らせても一時凌ぎにしかならないこともある。やはりタテジマの4番は和製大砲が似合う。

 3番を打てる選手、5番を打てる選手はいる。そういった選手は他の打順でも生きる。しかし4番は4番しか打てない打者が座るところだ。4番とはチームの成績を背負うもの。決して“4番目の打者”ではない。
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| T−コラム | 20:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
タイガースと酒
 今度こそ!そう思って出発した3連戦だった。前回の3連戦は1試合が雨天中止、でも延長12回サヨナラ勝ちという2試合分をガッチリ観れたし悔いは残っていない。その分を今回に乗せ、再び甲子園に向かった。

 しかし何ということか、台風4号接近中!残念だけど再び行きの新幹線車中で雨天中止が決定した。口の悪い人は雨男と言ってくれるが、こんなに雨にやられるのは今年くらいなもので、今までは行こうと思った日に雨なんか降ったことが無かった。今年はタイガースの成績同様、スカッと行かないようだ。

 そんななか、2日目を迎える。今回の観戦で楽しみにしていたのはイエローシートで観戦できることだった。外野席からの声援はどんな風に選手に聞こえているのだろう?その興味が強かった。試合前のウォーミングアップでの選手を見た感想は、「今岡選手って背が高いなぁ。」ということだった。いや、186cmということになっているが、本当に背が高かったです。打席じゃ背をかがめるように立っているんですよね。

 そして・・・ものすごい声援だった。360°メガホンの音、遠くからでもハッキリ聞こえるヒッティングマーチ、スタンド中が揺れる桧山ダンス、ものすごい数のジェット風船。それはこの場所でしか見ることが出来ない光景で、正直言って試合開始直後に涙が2回ほどこみ上げてきた。イエローは立って応援する人もいない、どちらかといえば落ち着いた場所だった。でも、ボックス席のすぐ後ろの席だった僕にとっては前の人が傘を差すと見えなくなってしまうので、イエローで観戦するなら雨が降っていないとき。と思った。

 試合開始前までは曇天だったが、試合開始時から雨が降り始める。しかも、副管理人のしんさんの不安が的中!先発伊良部投手が打ち込まれ、2回に4点行かれてしまった。しかし、この裏の攻撃で葛城選手の放ったホームランが試合を相手に渡さない。3回には6失点、差が開いたがここからタイガースの粘りが始まる。
 
 ショートに入った内川選手のエラーなどもあったが、逃すことなく加点し同点まで試合を持っていった。そしてここから試合は静かに進み始める。中継が必死の継投で追加点を与えない。でも横浜も点をくれない。やがて雨もあがったころ、ついに試合が動く。赤星選手の出塁のあと、藤本選手が送りバント失敗!ここで紛らわしプレーになってしまい、岡田監督が抗議に走る。気迫を表に出さないなどと言われるが、さすがにこういうときは出てきてくれなきゃ困る。その猛抗議のあと、今岡選手の登場。途中で自打球を当て苦痛に耐えるが、「で、でたぁぁぁぁ!!」と打った瞬間に分かるホームランが飛び出す。8回からリリーフした安藤投手がそのまま投げきりゲームセット。雨男とか言われても、雨が降っている試合では負け知らず。これはこれで凄い。静岡から来て勝利の六甲颪を歌えないとかなり凹むものだが今回も歌うことが出来て本当に良かったと思う。

 試合後は宿の近くの赤ちょうちんというか、カウンターだけの定員7人の飲み屋に行く。しばらく女将さんと話をするが、静岡からタイガースの応援のために来たというと驚かれる。そのあとはその店の常連さんもやってきてタイガースの話に花が咲いた。これぞ、生活にタイガースがある風景。最高の空気の中でお酒を頂いた。試合に勝ったのでサービスにイカ刺しを出してくれた。常連さん曰く「よし!気に入った!俺が巨人戦のチケットを取ったる!!」・・・でも兄さん酔ってますよ。こういうときの約束は忘れられるので、来月もこの店に来るから、そのとき奢ってくれ!とお願いし、快諾を得る。兄さん曰く「もっと高い店で奢ったる!」ということだが・・・さて?

 そして翌朝、ブログを見るとしんさんから涙が出るようなコメントがあった。「7月25日のチケも何とかなるから、3連戦にもう1度チャレンジしませんか?」7月25日は日曜日のナイター、帰るのは当然月曜日の朝になる。でも即決!!なんとかなるさ、仕事も夏休み期間中だし(7月〜9月の間に6日間交代取得)。ということで再チャレンジを決意する。

 3日目はレフト外野で観戦。このサイトのしんさんと妹さんとご友人と観戦する。好天の下で、しんさんは日焼け止めを塗りながらの観戦だ。試合は・・・帰りの新幹線に間に合う時間に終わったのはいいんだけど、連勝して終わりたかったなぁ。と言う展開だった。でも福原投手が投げたので、しんさんの方程式??の『しんさんが観戦=下さん登板』という形は幻に??なった。

 この試合中に印象に残ることがあった。タイガースが攻勢になったとき、前のお客さんが立ち上がった。でも僕たちの後ろには子供さんがいる。座っている子供さんの目線の高さでは、2列前の大人が立っても見えなくなってしまう。たしか、しんさんが「後ろに子供がおるのに・・・。」とおっしゃった気がした。で、僕が言葉をはさんだ。「立ったら後ろの子供が見えないから座ろう。大人なら分かるだろ?」と。これを僕の隣の人にも、つまり2人に言った。色々な考え方があるだろう。お金を払って見ているので好きなように見てもいいという考え方。外野席は立って応援するところという考え方。でも子供が見えない場合はそれを無くすことを優先したい。個人的には僕の前で見ていた赤星ボードの連中も何とかしてほしかった(見えなかった)。

 それともうひとつ、しんさんがどれだけタイガースを好きなのか教えてくれた言葉があった。妹さんか誰かにおっしゃっていたことだが、「こんなときだからこそタイガースを応援するんや!」。それまでの会話がわからないけど、しんさんは『こんなとき』だけじゃなくて、『どんなときも』タイガースを応援している人だ。

 本当は試合後も皆と話したかったけど、帰る時間が心配で話も出来なかった。しんさんとも話が出来たような、出来ないような・・・でも7月はもっと時間も取れるし、前向きにタイガースを応援するミソジーズの会合が出来ると思う。

 横浜には勝ちきれない試合が続いていたけど、今回は1勝1敗。次は2勝1敗、そして3タテへ。タイガース同様、Step by Stepという奴だ。

 僕も自分ではいつも心にタイガースがいるつもりでいる。タイガースの応援に行くために仕事をしっかりやって、周囲に休暇を取って甲子園に行くことを認めてもらうようにしているつもりだ。でも、しんさんのようにストレートにタイガースを応援する気持ちをもう1度持ち直そう!僕がコラムに何気なく書かせていただいた『折れない心』でもう1度、タイガースと立ち上がろう!そう思った。そう思えただけで行って良かったと思える甲子園だった。

 次は7月下旬。時期としては梅雨明け直後で一番天気が安定するときだ。次こそは3日間で3回、勝利の六甲颪を歌ってやるからな!!頼んだぞ!タイガース!!
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| T−コラム | 20:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
生まれ変わる姿
 甲子園も時間の経過には勝てないのか?

 数週間前、新聞に甲子園建替え(改修?)という記事を見つけた。すでに関係者が海外の球場に視察に出かけ、帰国しており、検討プロジェクトを発足させているらしい。

 本で読んだ話だけど、甲子園のコンクリートは甲子園が立てられる前に付近を流れる川から採取した非常に良質の砂利を使用しているため、経過年数に比例しないくらい頑強であるということだ。そのおかげなのか、阪神大震災でも大きな崩落が無かったけど、耐えてきた時間の長さの前に老朽化が免れないところまできているということだった。

 別の見方をすれば、甲子園で聞く地響きを伴う大歓声(いや、ホントに応援中にライトスタンドを歩くと震動がするんですよ。)を年間50試合以上、何十年も繰り返してくれば他の建物だったらとっくに寿命がきていると言われても信じてしまいそうだ。

 万が一、本当に万が一だけど、老朽化が原因で事故が起こった場合は甲子園球場や球団にも責任は問われてしまうし、安全に観戦できるようにするのは主催者や球場管理者側の責務だから建替えというか、改修する必要性について僕は何となく理解している。

 記事によると現時点で決まっているとされているのは、 .鼻璽犒燭砲呂靴覆ぁ ◆‥形骸任任△襦  収容人員は現在より増える。 といった内容だった。

 そこで僕からの極私的な注文だ。 ↓◆↓は大賛成で絶対にそうしてほしい。野球は屋根の下でやるものではない。観客席が増えるのは嬉しいけど外野席を減らさないでほしい。いや、むしろ増やしてほしい。あの外野からの大音声での応援が選手をどれだけ奮い立たせ、相手チームにプレッシャーを与えてきたか。10人目の選手とはタイガースファンのための言葉だ。

 ハッキリ言って新しい甲子園球場になっても、外野席のシートは狭くて硬くてもいいし、背もたれなんかも無くてもいい。お年寄りや子供さんや障害をお持ちの方には希望すればそれぞれの席種の別のシートに座れるようにするとして、急な階段のままでもいい。方向も外野から浜風が吹くままでいい。場所も便利な今のままがいい。コンクリートの上に芝を敷くのではなく、内野は土で外野は天然芝、グランドキーパーは阪神園芸さんにやってほしい。いままで甲子園で培った思い出を行く度に思い出せる球場であってほしい。極論すれば、建て替えるなら是非、『今とまったく同じ甲子園球場』を作ってほしい。

 室町時代の能役者・能作者である世阿弥が残した著書「風姿花伝」の中で彼は、無くなる直前にも関わらず駿河の国、浅間神社で能を披露した父・観阿弥の姿をこう残している。「(略)・・・本当に会得した花であったので、能に枝や葉が少なくなり、老木になっても、(能の)花は散らないで残った。これこそ実際に目のあたりにした、年老いても散らずに残る本当の花の証拠である。(現代語訳)」

 甲子園はどんなに古くなってもその姿は多くの人を魅了して止まない。そればかりか毎年新たな鼓動を聞かせ、僕たちに語りかける。これこそが長い年月をかけて培ってきた、新しい設備の球場には無い、本当の『花』の姿というやつだ。

 甲子園はどこまでも甲子園。僕たちファンの熱『風』は、大音量の声援に『姿』を変え、今も甲子園という枯れることの無いたった1輪の『花』に気持ちを『伝』えに集まっている。
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| T−コラム | 20:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
Back to the Basic
 いつか聞いたことがある話の中に、靴屋の営業の話がある。

 ある靴屋さんに2人の営業がいた。1人はオプティミスト(楽天主義)、もう1人はペシミスト(悲観主義)である。そんな2人が見知らぬ外国に靴を売りに行くことになった。その国のことを知ったペシミストの営業はこう言った「だめだ、この国の人は靴を履かない。」、それに対してオプティミストの営業はこう言った「売れる見込みは充分だ。その国の人は、まだ靴を履くということを知らない。」。

 早い話が、現状を見てそこで止まってしまうのか、それともその先にある可能性まで見ることが出来るか。別の考え方をすれば最初から物事を明るく見ることができるかどうかというところまで違うんだなってそのときは思った。

 今のタイガースだって同じように考えた方がいいと思う。横浜に圧倒的に勝ててないけどそれでも引き離されているわけではない。むしろ怪我人を抱えて、開幕前とは大幅に計算が違う点を考え、さらに横浜と広島にここまでやられてるのにこの成績でいることは、今後を考えれば意外に凄いことかもしれない。

 もちろんこのままで良いはずは無い。補強とか見直す点とか様々に必要なものはあるだろう。でもそれを考えるのは現場やフロント。僕たちファンの声も届けなけりゃいけないけど、それだって建設的な意見にしていかないとね。と思う。愚痴ってたって始まるものじゃないし。

 タイガース公式HPの和田コーチのところを見ると、本当に今なすべきことが載っていて僕も励みにすることが多い。今のテーマは「基本に戻る、原点に返る」ということだった。大きな声を出して、全力疾走で。

 これは何も選手に限ったことではないと思う。僕たちファンも基本に戻って、原点に返って、大きな声で、全力疾走で。

 タイガースを応援するんだ!という『基本』に戻って、タイガースが大好きだ!という『原点』に返って、タイガースに気持ちを届けるために『大きな声』で、そして『全力』で応援する。そう、それは僕も今年になって思い出した基本が含まれている。

 僕の場合は大きな声で。知らず知らずのうち、セーブしていた声の大きさを今年は後先考えずに大声出して応援している。そのせいか、観戦後は喉の痛みが取れないくらいだ。別に僕は歌手でもないんだし、タイガースが勝つなら声が枯れるくらいは何でもない。

 どうもファンのみんなも去年の優勝の残像が強すぎて今年のペナントレースにのんびり構えてしまっているような雰囲気があるけど、それはかなぐり捨てないといけない。昨年の優勝チームだから他の球団のマークは当然厳しくなる。そうそう簡単に勝てなくて当たり前。でもこの試練を越えていかないと常勝とはなりえない。

 まだまだこれから、シーズンは半分以上残っているし、なによりも阪神タイガースは希望があるチーム。僕たちファンも不安は心の中の奥にしまって、明日から基本に戻って、原点に返って、大きな声で、全力で、オプティミストになりきって応援して行こう。猛虎魂をもう1度思い出して。

勝負は出来るか出来ないかじゃない!やるか、やらねぇか、その2つに1つだ。
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| T−コラム | 20:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
夢の宴 〜静岡編〜
 さぁ、いよいよやってきた!!そんな気分でこの日を迎えた。何年ぶりか忘れた静岡草薙球場でのタイガースの試合、相手はいつも静岡で主催試合を行う横浜ベイスターズ。

 去年なら行けば勝てた横浜との試合も、今年は大苦戦中!!これはいつも以上に応援しなければ・・・・そう思いチケットを握り締めた。

 あらかじめ余分に手元にあったチケットも職場の連中に声をかけて配り終わり、あとは試合を迎えるだけになった。

 外回りする途中に球場付近を通り、現地確認。一緒に行く同僚にユニフォームとメガホンを貸す話をして、ヒッティングマーチをプリントアウトして渡す。天気は大丈夫そうだし、暑くも無いし、寒くも無さそうだ。

 いつも、観戦といえば甲子園が一番多くて、それ以外にはほとんどハマスタだったから、地元で阪神戦があるというのは慣れていない。静岡の客はどのくらい前から球場に来るのか分からないし、そういう点ではどのくらい前から並べばいいかなんてのも全く分からない。

 そして当日、天気は快晴。本当に雲ひとつない天気とはこのことだ。仕事は昼で切り上げて草薙球場に直行する。外野入場門にはすでに100人を超える人たちが並んでいる。その後ろにゴザを敷いて座り込む。日差しが気持ちよくそのままちょっとだけ昼寝。聞こえてくる声から県内外から色々な観客が来ているのが分かる。

 この球場は外野は全面芝生なので、指定席などというものはない。ただ、あえて良い席というならやはり最後部だろう。通路がすぐ後ろにあり、移動がしやすい。選手とフェンスが近いから最前列が好きな人もいるけれど、そこではフェンスが邪魔で試合が見難い。

 観客席を見渡せば、横浜主催試合であるのにもかかわらず6割以上はタイガースファン。外野席の横浜側にもタイガースファンが陣取るという光景はどこにでもあるタイガースの試合の光景だった。試合前などは内野もタイガース側が超満員、横浜側は出足が遅いのか空席だらけだった。

 試合はご存知のとおりだけど、杉山投手はナイスピッチングだし、金本選手の打球がライトスタンドをひとまたぎするのを見ることが出来たり、収穫は多かった。本当に惜しい逆転負けだから悔しさが先立ってしまうけど、内容のある試合だったと思う。もう少しマナーが良ければ言うことないのだが、これはここの問題で、観戦慣れしていない地方の様子なんだろう。周りを見てもヒッティングマーチを歌えている人は、当然の事ながら甲子園よりは少ない。人によっては言葉のアクセントも変だ。

そんな中でも大声で全部歌っていて、それ以外のタイミングまで覚えている僕を見てとなりのお兄ちゃんはこう言った「詳しいですね。」。でも嬉しかったことは、そのとなりのお兄ちゃんも僕の大声でヒッティングマーチを覚えてくれたらしく、最初は「かっとばせー!金本!!」しか言えなかったのに、試合の終盤は「打球がライトスタンドをひとまたぎ〜・・・」と歌えるようになっていたことだ。僕も初めて甲子園に行ったときはこうだったなぁ・・・と思い出す出来事だった。

 静岡の試合でも野次は飛ぶ。きっと関西から応援に駆けつけている人もいるんだろう。関西弁も飛び交う。キツイ野次もあるが、最後に必ず「勝ってくれよぉ!」、「しっかりしてくれよぉ!」と願いもこもっているので憎めない。

職場の連中の中では「つまらない試合だった。」と言っている人がいたけど、とんでもない。つまらない試合どころか内容のある好ゲームだったと思う。ただ結果が逆だっただけだ。タイガースの試合は感性の弛んだ人には難しい。

 静岡では6年ぶりのゲーム。この狭い球場で公式戦をよくやってくれたものだ。ずっと前、横浜が大洋だったころにキャンプをしていたからその名残で今でも横浜が年に数試合公式戦を開催する。でも相手はヤクルトか中日ばかりだった。でも、今日のこの入りで静岡でも阪神戦で満員になることがわかったのだから、これからは6年といわず、2年に1回は静岡に来てほしい。

 この日は最後まで天気は快晴。今シーズン終了時には、タイガースの天気も快晴になっているといいな。と、この日の帰り道で思った。
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| T−コラム | 20:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
折れない心
 プロレスラーの武藤敬司選手は以前「プロレスとはゴールの無いマラソン。」という名言を吐いたけど、阪神ファンだってゴールの無いマラソンを走りつづけているものだと思う。

 弱かろうが、強かろうがそこにチームがある限り応援しつづけるという姿勢は他のチームのファンには失礼かもしれないが、タイガースファンが一番と僕は思っている。

 長い長い道のりをマラソンに例えた言葉のセンスは本当にすごいと思う。そこには上り坂もあれば下り坂もある。広い道もあれば狭い道もある。コースにはならないだろうけど舗装してない道もあるだろう。虎が歩く道だから、獣道だってあるかもしれない。晴れている日に走ることもあれば雨の日に走ることもある。暑くても寒くても走らなければならないときもある。

 マラソンのレースだって、最初はダンゴ状態で始まるけど、終わるときにはどこかで誰かがスパートして、誰かが1着になっている。一体どこでスパートをかければ勝てるのか、勝負の分かれ目はこんな所にもある。

 今シーズンはまさに、このマラソンのような状態が続いている。今は絵に書いたようなダンゴ状態。昨年の最初からのブッチギリを覚えていると、勝つということは去年のようなことであるとのイメージを持ちがちだけど、去年が特別で今年は普通くらいに考えた方がいいと僕は思う。

 それにしても贅沢といえば本当に贅沢になった話であるわけで、もしこれが5年前ならこの順位でも大歓迎といったところだっただろう。それくらいチームはレベルアップしているということだ。

 監督も、そしてコーチも1軍では殆どが1年目というスタッフの中で、今はチームの方向性を定めながら、探しながらの時期なんだと思う。

 「道 漫漫として それ終焉なり 我当に上下して 求め尋んとす」(←漢字には自信ありません)

 道は長く、果てしない。まさにゴールが無いとはこのことだ。でも、その道を上下(様々に行き来)しながら、理想を探し、実現する。今のタイガースは今年あるべき本当の姿を求め尋ねて歩いている途中なんだろう。きっと選手もファンも、皆が思い描くチームになる。僕はそう信じて止まない。

 プリンセス・プリンセスの『パレードしようよ』という曲の中に♪我慢しててね 今は坂道の途中だから♪ というフレーズが出てくる。そう、今はきっと上り坂の途中。この上り坂を苦しいと取るか、より高いところに行くための試練ととるか。もしかして苦しいと思ってしまっている人はいませんか?

 勝負はケンカも含めて心が折れた方が負けと言われる。心が折れてしまえば、戦意を喪失してしまい、立ち上がれなくなるからということらしい。


それならば僕たちファンが折れない心を持とう。


選手も持っていると思うけど、僕たちファンが折れない心でタイガースを愛して応援しよう。 


 今週金曜日には静岡に久しぶりにタイガースがやってくる。甲子園ほどの大歓声は無いと思うけど、甲子園に観に行っているときと同じ、いや、それ以上の折れない心で応援したい。ここにもファンはいるんだよ!ってことをチームに伝えたい。タイガースがアウェイになってしまうような球場は日本中には無いのだから。
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| T−コラム | 20:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
サヨナラに雨が降る
 観ているこっちも疲れた、でもこんな疲れなら大歓迎。そんな2週連続のサヨナラだった。ずいぶん前にロッテ・オリオンズ(現・千葉ロッテ・マリーンズ)が『テレビじゃ見れない川崎劇場』といって集客をしていたけど、このところの甲子園はさしずめ『地上波じゃ見れないサヨナラ劇場(サンテレビを除く)』といった感じさえした。そのうち1試合を甲子園で応援できたことを光栄に思っている。

 気がついたらタイガースはこんな勝ち方も出来るようになっていました。観ていてそう思えるような気がした。今年は去年ほど、NEVER NEVER NEVER SURRENDER と言わなくなったが、言うまでもなく全員に浸透しているってことなんだろうなぁと思ったら、本当に嬉しかったし、チームが頼もしく見えた。

 今は確かに苦しい。采配などに色々な意見も出ていて、これも人気球団の宿命なのかな?とも思う。それでも試行錯誤しながらも首位にいるチームの底力は認めないわけにはいかないだろう。

 『胸突き八丁』という言葉を聞いたことがある人も多いと思う。元々は登山の言葉だが、要は物事を達成していく中で一番苦しいところのことをあらわす言葉だ。

 登山をやっていた僕にはこの言葉がよくわかる。実際に苦しいなんてものじゃない。高山病にかかってしまえばなおさらだった。この登山が終わったら、絶対に登山部を辞めてやる!そう思いながら登って行って、目の前の急斜面を乗り越える。ひと安心する間も無く、本当の胸突き八丁はまだ先にあると知り、足が止まる。そしてまた歩き出す。この繰り返しだった。そして頂上に上り詰めるとこう思う。「また来よう。」と。

 タイガースも今の苦しさは苦しさとして感じているだろうが、胸突き八丁に差し掛かるのはこれからだ。今の苦しさは苦しさのうちには入らないものと思っているし、それを乗り越える力が充分あることはみんながわかっている。そしてそのあとに待っているのは去年以上の歓喜だろう。

 『科学を恐れすぎてはいけない しかし恐れないのもいけない。』とは明治〜昭和初期の科学者で文学者でもあった寺田寅彦氏の言葉だ。僕はタイガースにそしてタイガースファンに今、この言葉を送りたい。『科学』という言葉をそれぞれに置き換えて読んでみてほしい。人によっては『変化』かもしれない、人によっては『決断』や『前進すること』かもしれない。油断をせずに、怯むことなく先を明るく見て向かっていく今までの姿勢があれば必ず道は開けると思う。

 そろそろ猛虎も暁を覚え、春眠から覚めた頃だろう。空腹な時の猛獣が危険であることは言うまでもない。腹をすかせた猛獣が白星を捕獲しまくる姿が早く見られることを僕は願っている。そして観客の大歓声が、時として五月雨のように、またあるときは夏の日の夕立のように、猛虎の渇いた喉を潤すものであれたらと思い、僕は甲子園で大きな声を上げ応援する。願わくばこの願いが届きますように。甲子園での声援に、他球団への批判やケンカ(、女性を口説く言葉)なんて必要ないのだから。
 甲子園球場、それは・・・・阪神タイガースとプロ野球を全力で応援するところじゃ!!!

 おかげさまで、こんな文章でも20作を越えることができました。よろしければこれからもお読みください。
あと、野間口選手が巨人入りですか?色々意見もあるでしょうけど、「阪神を強くしたい。」と思ってくれている選手が来てくれればそれでいいです。
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| T−コラム | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
5.14観戦記
 生まれて初めてという出来事は、歳をとると共に減ってきて新鮮な気持ちも使うことが無いと出なくなってくるものだけど、今回ばかりは新鮮さを感じていた。

 5月14日からの3日間、僕は西宮市に滞在して阪神対広島の3連戦を観戦することになっていた。

 仕事を木曜日までに片付けて、静岡駅から朝の新幹線に乗る。同じ車内では掛川駅から乗ってきた修学旅行生がうるさくて眠れなくて、同じ車内にいる先生も注意しないで一緒にはしゃいでいる。一生に一度の高校の修学旅行だから仕方ないけど、マナーは守ってほしかった。

 新大阪に着いて、電車に乗り換え梅田阪神百貨店のタイガースグッズ売り場へ行く。新しいユニが出ていてとりあえず購入。いつもこんな調子だから出番の無いユニがどんどん増えてゆく。着る体は1つしかないのに。

 せっかく早く着いても鳴尾浜の試合が無いので時間つぶしに今回もネットカフェに行く。そして「ヤング島耕作」を熟読して、この歳になって社会人としての立ち居振舞いを学ぶ。(勉強になった)

 宿に荷物を置いて、いよいよ甲子園に。4月に来たばかりだけど、わずか1ヶ月見ないうちに甲子園は球場を覆う蔦が新緑の時期を迎えてさらに美しくなっていた。春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉と甲子園は季節に応じて表情を変える。それはまるで毎年生まれ変わるかのような息吹を感じさせ、生きている球場であることを実感する。建替えの噂を聞かないことも無いけれど、新しい球場にも是非蔦を植えてほしいし、天然芝で屋根の無い球場であってほしい。できればそっくりそのまま新しいものにしてほしいくらいだ。

 球場前で観戦仲間の1人と合流。思えば昨年4月18日、この方と観戦した日がその年の初観戦でしかもサヨナラ勝ち、そしてチームは優勝した。そう思えば、今年もこの方と観戦することは縁起を担ぐ意味も込めてお誘いした。タイガースが好きな気持ちがとても表れている方で一緒に観戦していて気持ちがいい。その方と今年の「ライトスタンド」の初観戦を迎えた。空は青く、暑くもない。絶好の観戦日和だ。

 チームの練習が終わり、いよいよバッテリー発表からスターティングメンバー発表へ。藪さんの登板が見れる。今年は藪さんの投げる日は打線の援護が無いが、この日も同じように援護が無い。それでも孤高のエースは投げる、投げる、投げる。試合展開も異常なほど速く進みはっきり言って何時に終わってしまうのか?と心配になる。薄暮の空になる頃にもう1人が来て全員集合。藤本選手のエラーから試合が動き出す。広島にリードされたまま試合はラッキー7のジェット風船へ。この時点で何と午後7時30分。試合開始から1時間30分しか経過していない。おぃ、ホントかよ?どうなってんだよ・・・。という感想を持つ間も無く、わずか3安打で試合が終わってしまった。しかし藪選手は自責点は2点かな?好投が報われる日が早く来てほしい。そうそう、この日驚いたのは桟原選手。内角を積極的に攻めて、当たりそうになっても怯むことなくさらに責める姿勢は好感度大。牧野選手かどちらかが先発ができれば、タイガースから消えていた横投げ(含むサブマリン)の先発投手が復活するのに。

 あ、そうそう。試合途中で広島応援団から聞いたことのあるファンファーレが・・・ん〜??これは、アニキの広島時代の・・・・栗原に流用したのかぁ!!でもこのファンファーレで燃えたのはアニキ本人?!ホームランに左中間なのに3塁打。燃えてくれました。

 宿を「試合を観てきますので、帰りが遅くなるかもしれません。」と言って出たわりには余りにも早く戻る。途中でラーメン食べて帰ったにも関わらず宿に21:30には着いていた。長い夜だったなぁ。でも、静岡では見れないサンテレビの番組を見ることができて少し嬉しかった。

 翌15日は曇り空。昼まで寝て、昼から友達と食事をする。初めてのモダン焼き、初めてのそばめし。美味い美味い。美味いし、楽しいし、良い昼ご飯を頂いた。今回の目的の1つがこのモダン焼きとそばめしだったので目的は達成できた。

 昼食後、しんさんも合流して甲子園に行く。翌日の雨予報を睨んでか先発は下さん。しんさんが行く日は下さんというジンクスは不変だった。広島はベイリー、左のピッチャーだ。試合開始直後から少しずつ雨が落ちてくる。下さんは6回4失点で降板。先制されて中押しされて、もう一押しされた。これで駄目押しされたら試合は終わってしまう。と心配するまでも無く、ラッキー7、ついにタイガース打線が反撃開始。7回にチャンスを迎え、「赤星ーー!!今岡に回せ!!」という声援が飛ぶ中、本当に今岡選手のタイムリーを含めて2点を返し、8回にはジョージの来日通算149号HRで同点!!中継投手陣も7回は牧野さんがビシッと!8回は桟原くんがビッシビシっと!抑えて、9回もリガンが抑える。でもタイガースもチャンスに決定打が出ない。雨は強くなっている。雨天中止で引き分けになるのか?流れは完全にタイガースなのに。

 そう思う中、リガンが10回のマウンドに上がる。11回は安藤が抑える。でもタイガースも広島の天野からランナーは出すが打ち崩せず同点のまま進む。そして11回が終了時点で審判団が集まる。岡田監督もベンチを出た。中止なのか?周りのみんなも僕も延長に入ってから「早く楽にしてくれ!」と何回思ったことか。すると球場の横から世界最強のグラウンドキーパー、阪神園芸の皆さんが出てくる。そしてマウンドとホームベース付近に土を撒き始めた。やる気だ!そうだ、同じ楽になるならサヨナラ勝ちで楽になろう!グランド整備の時間を利用して黄色ジャージの応援団が選手のコールを始める。ライトスタンド大合唱。選手も手を上げて応えてくれる。頼む!勝ってくれ!!勝って六甲颪を歌わせてくれ!!連敗のまま帰りたくない。

 時間はすでに午後10時を過ぎている。鳴り物を使った応援はできない。笛と声だけの神宮球場状態。手はとっくにふやけてしまった。それでも声を張り上げる。試合開始時から明日のことは頭から消えた。これ以上出ないくらいの大声で応援しつづける。12回表、ジェフが見事に抑える。押さえが不安定と言われていたけど、この日はそんなことを感じさせない見事なピッチング。久慈さんも三遊間の難しい打球をさりげなくさばく。これぞ好プレー。なにも飛びついたりするばかりがファインプレーじゃない。ついに中継と抑えで7回以降の6イニングに「0」を並べてみせた。

 12回裏、負けはあっても勝ちは無い広島は抑えの佐々岡投手をマウンドへ。関本選手、矢野選手と打ち取られ、打席には久慈選手。ベンチには八木さんと野口さんしか残っていない。そんななか、久慈さんが佐々岡投手の足と足の間を抜く、ここしかない!というヒットで出塁。そしてずっと待っていた『代打、八木!!』神様降臨。見事にレフト前ヒットで続く。2アウト1,2塁。バッターは赤星選手。さっきまで「赤星―!今岡に回せ!!」と言われていたけど、今岡選手は代走の鳥谷選手と交代してすでにベンチだ。広島の守備は前進守備。粘る赤星選手。スタンドの声援は「赤星ー!お前が決めろ!!」に変わっている。そしてついにライト前に打球が転がる。雨を吸ったグランドで打球が失速する。ライトの赤ゴジラが前進してバックホーム。クロスプレーか?どうなったんだ??しかしそんな心配は無用だった。久慈選手がホームに帰るかどうかのときにすでに1塁側ベンチから選手が飛び出していた。2アウトからの雨中の逆転勝利。勝ったんだ。言葉が出ない。心地よい脱力感が体を包む。負けそうな試合を見事に逆転して見せてくれたタイガース。ネバサレと言っていた僕だが、降っている雨のせいもあり、試合を半分近く諦めてしまったことを恥じた。監督が変わっても、一度チームに根付いた強い心は折れていなかった。

 ヒーローインタビューは赤星選手。でも、スタンドにいるみんなは知っている。今日のヒーローは八木さん、久慈さんも選ばれて然るべきだということを。

 やがて雨の中、勝利の六甲颪を大合唱。ついに歌えた。本当にうれしかった。できればその後にヒッティングマーチも歌いたかったけど、なにせ午後10時以降は鳴り物禁止なので「いいぞ!いいぞ!応援団!!」に直行してしまった。それはそれで貴重な経験だった。これで3年連続でサヨナラ勝ちに立ち会った。静岡に住んでいる僕が甲子園に行ける回数から言えば3年連続でサヨナラ勝ちが観れるなんてすごいことだと思う。

※ちなみにこの3試合の内容は、2002年は対中日戦、3試合連続サヨナラ勝ちの3試合目で、最後はレフト蔵本選手がレフト前ヒットをトンネルする。2003年は伊良部選手完投、そして桧山選手自身初のサヨナラホームラン。そして今回の試合。

 今回の宿は基本的に門限があるのでとにかく早めに宿に入らなければならない。試合後はゆっくりできず、観戦のたびに良くして下さる方たちにも本当に挨拶程度しかできなくて、とにかく宿に直行した。そして宿に入るとご主人が「おかえりなさい。良い試合でしたね。勝って良かったですね。」と声をかけてくれる。夕食も食べていないので了解を得て宿の斜め正面にある居酒屋で乾杯!居酒屋のお兄さんも「応援お疲れ様。良かったね。」と声をかけてくれる。本当は長居したかったけど宿のオヤジも玄関開けて待っていてくれるので2時間程度で帰る。でも感動的な試合の後の酒は本当に美味しかった。

 翌日は朝から雨。ファミレスで朝食を食べているときに甲子園テレフォンサービスを聞いたら中止になったとのアナウンスが流れている。ゼンゼコ主宰の『カネの子猫ちゃん☆コブシ』ニギリコブシ拳さんとその友達も加えた4人で本当は昼ご飯を食べて甲子園に行くはずだったんだけど、この雨では、、、、ということで予定変更。帰りの新幹線の時間まで、ニギリさんとしんさんと3人で遊びに行くことにした。場所はとりあえず神戸にしておいた。

 でも3人とも神戸はあまり詳しくない。とりあえず中華街へ行ってみる。店先で呼び込むお母さんの「おいしいよー。」との声につられて店内へ。3人とも炒飯を注文する。出てきた炒飯を食べ、店を出て3人が言った感想「普通の炒飯だったね。」そう、本当に普通の炒飯。気を取り直して!モザイクモールへ移動する。そこでしんさんのヤマニン魂が燃え上がり、ゲーセンで競馬ゲームを始める。ニギリさんにとっては初の競馬ゲーム。

 一番最初にメダルがなくなったのは俺。一方、ニギリさんはメダルが減るどころか増えつづける。これではいつまでたっても終わらない。ってことで、他のゲームをして終了。雨が降っているが3人で観覧車に乗る。ここでも話す内容はタイガースのことばかり。観覧車から降りたあとは3人でコンピューター手相占いにチャレンジ!!内容的には・・・・当たっているところもあるけど・・・・とまぁ占いってそういうものかな?と思った。

 しかしここでしんさんに衝撃の事実が(がーーーん)!!「じゅ、10年前と同じ内容や・・・・。」・・・・これ以上書くのはどうかと思うが、とにかく10年前と変わらない内容らしい。今も20代の若さのままってことかな?僕のほうは仕事で色々な人にかわいがられて、仕事が上手く行って出世して・・・・・と仕事の内容が大半だった。困ったなぁ、仕事が上手く行くことはいいけど中途半端に出世すると会議が多くなって休暇を取って甲子園に行けなくなるよ。俺、高卒だからはまりそうだなぁ、免職されない程度に細く長くやれればいいのに・・・・・と考えるあたりは危機感が無い男だ。 あと合っている!!と思ったのは恋愛運。タイプがはっきりしすぎているってところ。これはそのとおりだった。

 楽しい時間を過ごして、ニギリさんを元町駅まで送って、それからしんさんが少し送ってくれて帰りの電車へ。行きの新幹線は修学旅行生がうるさくてゆっくりできなかったけど、帰りの新幹線は後ろの席のお客さんの大きな、非常に大きなイビキでゆっくりできなかった。新幹線の運は無かったなぁ。

 今回の観戦を振り返ると。。。。1勝1敗以上に色々なものを感じることができた。初日は負けちゃったけど、去年一緒に観戦した2人と会えて、変わらずにタイガースをまっすぐ応援していることがすごく嬉しかったし、2日目は美味しい昼ご飯に、雨に降られたけど生活にタイガースがある風景を満喫して、試合にも忘れられないくらい劇的に勝ってこれを書いている今日(5月19日)も余韻がまだ消えていない。

 生まれて始めての甲子園3連戦観戦は1試合中止で流れたけど、延長12回は2試合分みたいな感じだし、次の6月11日からの3連戦のチャンスに賭けようと思う。

 春の雨に濡れた甲子園は美しく、蔦をつたう雨粒は優しく甲子園を潤していた。
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| T−コラム | 20:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
生活にタイガースがある風景2
 自分の生活の中に「阪神タイガース」があって良かったなぁ。そう思うことが最近特に多い。

 毎日、毎日、延々と続く仕事。最近は阪神ファンというだけで親しみを持ってもらえたのか、となりの部署の阪神ファンのトップまでが色々仕事をくれる。「そんなに仕事ばかり増やされたらテレビで試合を見る時間がなくなります。」と言いたくもなる。しかも僕の場合は対人的な仕事が多いため、やはりストレスというか、鬱憤はたまる。「言いたい放題言いやがって。」とか、「なんで俺ばかり・・・。」というような愚痴も、誰もいないところで難しい顔をして言ってみたくなる。そういう時は自分でも「くっそー。」と口走っていることが分かる。分野は違っても、家で育児に励むお母さんや、年配の方や学生さんなんかでもそれぞれに色々なものを心の中に貯めてしまっていることだろう。

 そんななか、生活に阪神タイガースがある喜びというのは本当に幸せに感じなければならないものなんだろう。

 試合開始には間に合わなくても、帰宅して部屋に入ってまずやることはテレビをつけること。僕の場合はCSでの観戦がほとんどなのでまずは画面でスコアを見る。そして慌てて着替えて食事の乗ったお盆を持って部屋に入り、行儀は悪いけど食べながらというか何を食べているかわからないまま食事をしながら観戦する。もともと親とは食事の時間帯が違うので何の問題も無い。

 モテない僕には縁の無いことだろうけど、将来結婚できたとしてもきっと「食事のときくらいテレビを消して。」とか言われてしまうのだろうし、子供にそんな説教はできそうに無い。そもそもそれ以前に食事を一緒に摂るかどうかもこんな調子じゃわからない。っていうか、家族全員阪神ファンにしちゃえばいい!そうだ、そうしよう!!

 夢中になって応援して、試合に勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。素直にそれでいいと思う。試合に勝ってもなお、「あそこはまずかった。」などとあぁだこうだ言う人がいる。野球をどれだけ詳しいか知らないけど、勝ったらまずはそのことを素直に喜べるファンでいたいと僕は思う。負けたら悔しいけど、次こそは勝つ!と思えるファンでいたいと思う。1992年、最後の最後まで優勝を争ったあの年のことを覚えていれば、拾ってでも、内容で負けていてでも、最後に勝っていれば。1勝の差で涙をのむこともあることが頭にあれば、僕は勝ったことに文句を言う気にはならない。とかく叱咤激励というと、「通」ぶっている人の殆どは叱咤叱責ばかりに偏りがちだけど、激励を忘れないファンでいたいと思う。悪いところを指摘するなら、良いところも同じ数だけ探せるファンでいたいと思う。それができない人に僕は「Tigers Love」を感じることはできない。

 静岡で働く僕の職場には兵庫県出身の人がいる。その人は特定の球団のファンではないということだが、今岡、藤本から控え選手まで名前が次々に出てくる。おそるべし、うちの職場の若者。関西出身者には縦ジマのDNAでも組み込まれているのだろうか。そういう点で比較すれば、いくら子供の頃からの阪神ファンの僕でもそれは生まれてからの後天的なものだから、やはり敵わないのだろうか。それでも僕はタイガースが好きで、甲子園が好きだ。鳴尾浜も好きだ。その気持ちを確かめに、週末(5月14日〜16日)に甲子園に行く。

 人それぞれのタイガースへの想い。僕も、このサイトの副管理人のしんさんも、全く同じではないだろうけど、それぞれに「Tigers Love」がある。でもチームの将来を明るく見て信じることだけは共通した想いだと思う。今は稀に見る混戦模様。しばらくは大変かもしれないけど、きっと最後に笑えますよね?和田コーチ?
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| T−コラム | 20:06 | comments(1) | trackbacks(0) |
1番の前の2番
 「タイガースに矢野という選手がいてよかった。」テレビで試合を見ながらそう思った大型連休だった。キャッチャーは女房役とよく言われるが、彼の場合はそれを超えたような、投手陣の父親というか兄貴というか、非常に大黒柱的な存在であると以前から感じていた。そこには従来のキャッチャー像とは一線を画した姿が垣間見えるからである。

 走攻守。全て揃った選手はなかなかいないが、矢野選手の場合はキャッチャーであっても揃ってしまっていたことが中日が彼をキャッチャーとして固定できなかった原因の1つでもあるのだろう。ましてや彼の入団当時の中日は中村武志(現・横浜)全盛期。でも矢野の能力は捨てがいと判断したのか、外野手や時には内野手としても出場することとなる。

 そんななか彼はタイガースにやってくる。当時のチームメイトの大豊が一緒で交換相手は同じ年にタイガースにやはり捕手として指名された関川捕手(後に外野手)と久慈内野手(阪神→中日→阪神)だった。そこから彼の捕手一本の人生が始まる。(ちなみにこの時、浜風が吹く左打者には不利な甲子園を本拠地とする阪神が、左の大豊をなぜ獲得したかは分からない。)

 その後、現役時代は名捕手といわれた野村監督(当時)と出会うのである。この人のささやき、ぼやき、理論を聞きながら持っているセンスを彼は開花させてゆく。その完成は昨年のコーチだった、これも現役時代名捕手の達川コーチ(当時)によって完成されたと僕は思っている。

 監督・コーチとの出会いが大切なことは言うまでもない。そういう点ではデッドボールの代名詞だった金森コーチ(西武で当たりまくる)に加え、やはりデッドボールの名人である達川さん(広島で当たりまくる)が今年も残ってくれればキンケードももっと上手にデッドボールを喰らっただろうに・・・と思ってしまう。

 話が逸れたけど、キャッチャーとしての知識、経験を兼ね備えた名コーチ、名監督からの教えを持ち前の野球センスで吸収した男は、まさに『猛虎の要』に変身した。いくら教えられても、『野球頭』が無ければ覚えられない。頭では分かっても努力することを含んだ『野球センス』が無ければ実践できない。そしてその両方を兼ね備えた選手がここにいる。タイガースで天才といえば今岡選手だが、センスの塊といえば矢野選手だと僕は思う。でなければ捕手として登録を受けながら、内野も外野も本職並にできるものではない。

 キャッチャーとしての卓越した走攻守。矢野選手の持つバランスは素晴らしい。攻と守に秀でた選手は他球団にもいるが、これに「走」が加わるとそう簡単には見つからない。古田選手(ヤクルト)も「走」は控えめだし、城島選手(ダイエー)も「攻」が目立つ選手である。全てがハイレベルで揃った選手など、捕手はおろか全ポジションを見渡しても1チームにそうはいない。

 先日の中継で「現在の先頭打者が赤星となっていますが、今岡だったときとどちらが怖いですか?」というアナウンサーからの問いかけに、解説の湯舟さん(矢野選手と同じ年の阪神ドラフト1位)が「そりゃぁ、今岡ですよ。今岡は初球から、しかも大きいのを打つでしょ?だからその日に自分が本当はいい球を投げていても、『あれ?今日の俺の球は走ってないんかな?』って疑心暗鬼になって自信を無くしちゃうんですよ。」とおっしゃっていた。それを聞いたときに僕の頭には3番になった今岡選手の代わりに『1番矢野』というのが浮かんでしまった。今岡選手のように勝負強く、ここという場面でホームランもあり、今岡選手よりも(おそらく)足が速い。打順によっては盗塁も積極的に行けるだろう。こんな選手が下位にいるのだからタイガース打線は本当に怖くなったものだと思う。

 キャッチャーというポジションは、全ポジションの中で唯一座っているポジションである。しかも立ったり座ったり、座っているときも爪先立ちの時間が多く、腰や膝に他のポジション以上に負担がかかることは容易に想像される。しかし中日で長い間控えの期間があった彼の場合は、キャッチャーとして先発出場になってからの年数は年齢に比例せず、もっと若いものと思われる。使い減りしていないのだ。あと数年はゲームセットの瞬間、ジェット風船の飛ぶ音のする中、彼がマウンドに笑顔で駆け寄る姿が見れそうだ。

 1990年、彼の運命を決めたドラフト会議。2位指名で彼を選択したのは中日と巨人だった。そして星野監督(当時・中日監督)が抽選で引き当てる。その監督を他球団で胴上げすることになるとは・・・使い古された表現だけど、やはり筋書きの無いドラマなんだろう。巨人ファンの方には申し訳ない書き方だが、一歩間違って巨人に入団してしまったら・・・そんな姿は見たくも無いが、もしかしてお立ち台でウサギ風のぬいぐるみを抱えながら「サイコーでぇす!!」と叫んでいたのだろうか?でも確実にいえることは史上最強打線は本当に最強打線になっていて、投手陣はもっと自信に満ちた表情で投げていたことだろう。

 ドラフトでも2位、中日でも2番手捕手、キャッチャーというポジションは数字で2。“2”という数字に縁があるのか、彼の選手生活の最初の数年はとにかく『2』であった。

 中国の作家、魯迅は作品『故郷』の中で『もともと地上には道は無い。歩く人が多ければそれが道となるのだ。』と書いている。矢野選手が歩んできた一見『2』番手に見えるプロ野球選手生活は、自分でも知らないうちに、打って守って走れる、そして試合とチームの雰囲気すらも変えることができる稀に見るキャッチャーという唯『一』の道を切り拓いてきたということになるだろう。このあと、同じ道を歩ける選手がタイガースの中から出てくることを僕は真剣に願っている。

 矢野選手の要望に応え、今年から彼のヒッティングマーチも変わった。でもひねくれ者の僕はこのときに、実際にそんなことを言うわけが無いが矢野選手に言ってほしかったことがある。

 「『アイヤ!!』は俺のヒッティングマーチ。他の選手用には別のヒッティングマーチを作ってほしい。」

 今でもあのヒッティングマーチが流れてくると『♪矢野〜♪や〜の!!』と言ってしまいそうな僕はかなりのパブロフの犬なのである。

※ ちなみに六甲颪が流れてくると、起立して胸に手を当てて歌いたくなります。
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| T−コラム | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
Love Letter
「おはようございます。」

 僕の職場では朝礼がある。ここで毎朝交代で挨拶と共に朝の一言があるんだけど、先日僕の当番が来てしまった。

 色々考えた挙句、やはり今年度の1回目はタイガースに関して話しておこうと思った。

 4月の人事異動で入れ替わってから初めての当番で、まだ僕がタイガースのファンであることを知らない人もいるかもしれないのでそう思った。(でも実際には全員、僕がタイガースファンと知っていた)

好きなものに(または好きなことを)好きと分かりやすくはっきり言うことは、勇気が要るけどとても大切なことだ。どうしても頭で考え込んでしまいがちだけど、そんなことに時間をかけるくらいなら、行動に移したほうがよっぽど精神的にも健康だ。そもそも好きなのは自分自身の問題で、最初は人の力を借りるにしてもいつまでも人を当てに・・・というわけにも行かないし、結局は自分で何とかしなきゃならない。成功するために行動力と決断力はものすごく大事な要素なんだ。

そんなことを考えていたら、僕がタイガースに夢中になった日のことを思い出した。

僕がタイガースを好きになったのは縦ジマのユニフォームに一目ぼれしたのがきっかけだった。テレビで見る縦ジマは勇ましく、とてもかっこよく見えた。

 阪神戦を生で見る機会は僕が住んでいる静岡では数年に1回あるかないかでしかも必ずビジター。阪神タイガース主催試合は静岡ではありえない。つまり縦ジマのユニフォームを着て試合をするタイガースを観ることは静岡から出ないうちはありえない。これは大問題だった。つまり僕が甲子園に行かなければ縦ジマを着て戦う選手を生で見れないのだ。

 そう思ったら行動に移すしかない。甲子園に行きたい。縦ジマを生で見たい。タイガースを好きな気持ちを観客席から大きな声でぶつけたい。その一心だった。

何か好きなものがあって、それに近づきたい、実現させたいと思った場合、方法を考える時間はほとんどの場合短くて簡単な方がいい。余計なことを考えて目先を曇らせる暇があったら、物事の本質と正しい目的を見つめた方がいい。自分が思うだけで相手のほうから近づいてくるなんてのはドラマや漫画の世界だけだと思っておけば間違いない。楽して成果が得られるなんてのも、よほど恵まれているごく一部の人だけだ。

 仕事を工夫して、時間を作って、お金を貯めて、やっとのことで甲子園にたどり着いたのは高校卒業後に就職してから。初めて座った甲子園は1塁側のアルプス席だった。初めて観戦した甲子園は想像以上に大きくて、温かくて、言葉では言い表せないくらい素晴らしいところで、試合には負けたけど行けただけで大満足だった。観客席で歌う六甲颪はどんな名曲よりも心に響き、耳の奥に残った。

 次の目標は観戦した試合に勝つことだった。その試合までは数試合(つまり数年)かかるわけだけど、ついに勝った後の帰りの阪神電車は格別の空間だった。そのときのことが忘れられなくて、僕は今年も甲子園に行く。

 はっきり言って、甲子園は聖地だ。今でも僕は聖地に行く前には気を引き締める。些細なことだけど、いつもより丁寧に電話に出たり、職場のゴミ拾いをしたり、というように少しいいひとになったりもする。聖地に行くには聖地に行くに相応しい自分でなければ申し訳ないような気がしているからだ。そしてタイガースを応援するために甲子園に行く。他に余計な目的はない。そしてそこに同じ目的の友達がいることを喜ぶ。それで充分だと思う。
 
 サザンオールスターズをみんな知っていると思う。彼らはキーボードの原由子さんが産休中はソロ活動をしていた。その期間を経て再活動を開始した際のライブで、ボーカルの桑田さんはこう言った。「何でも考え、何でも知って、何でもかんでもやってみよう。」

 何でも考え、何でも知るところまでは誰でもできる。あとは何でもかんでも『やってみる』ことだ。『やってみる』・・・僕の場合は甲子園に行くために踏み出した、はじめの一歩のことだった。

 朝礼で少し話をするだけでここまで考える僕はきっと考えすぎだろう。今年度のメンバーの前でしゃべるのは初めてだったので、今回は特に分かりやすく、好きなものを好きと言ってみた。それはちょっとした選手宣誓だった。

「おはようございます。私は阪神タイガースが大好きです。去年私が休暇を頂くと『また甲子園か。』とよく言われましたが、はっきり言ってそのとおりです。今年もタイガースを応援するために甲子園に行きます。仕事中はキッチリ仕事をして、皆さんにご迷惑をおかけしないようにしたいと思います。そして私生活ではタイガースを全力で応援します。本日もよろしくお願いします。」

 好きなものには分かりやすく、はっきりと言おう。和田コーチがおっしゃるように、最後に笑うために。
 
 『I LOVE HANSHIN Tigers & KOSHIEN STADIUM.』

 僕はどこにでもいる、ただの阪神ファンだ。
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| T−コラム | 20:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
箱の中の希望
 今回は文章の性質上、選手の名前に「さん」や「選手」を付けないことをあらかじめお許し下さい。

 

ギリシャ神話のパンドラの箱の話を知っている人は大勢いると思う。

 世界で最初の女性であるパンドラは、神から1つの箱と好奇心を渡される。しかしその箱は絶対に開けてはいけないものと言われていたのだ。

 しかし、好奇心を受け取ってしまっていたパンドラはついにその箱を開けてしまう。すると箱の中に入っていたありとあらゆる災禍が飛び出してしまった。というお話である。

 タイガースにもこのパンドラの箱のようなものを持たされてしまった選手がいる。

 1人目はタイガース待望の速球派といわれた選手だ。ルーキーイヤーから2ケタ勝利を挙げ、まるで自らのスピードに取り付かれたかのように投げる球の急速は上がっていった。そう、それは箱の中から1つずつ何かが飛び出して行くかのように。

 そしてそれが出てしまったとき、彼の肩が悲鳴をあげた。投げることさえ、ボールを手にすることさえできない苦痛の日々の始まりだった。

 もう1人、箱を受け取ってしまった選手がいた。僕と同郷の選手だ。静岡県内でも有数の強豪高かつ進学校でエースを努めた彼はタイガースにドラフトで指名され、一時はローテーションピッチャーでもあった。

しかし彼がいた頃のタイガースは球団自体がパンドラの箱を開けてしまったかのような低迷期をたどっていた。その中でもあふれる汗をぬぐおうともせずに必死に投げる彼の姿がテレビ画面に映ったことは忘れていない。

彼はやがてタイガースからパ・リーグのチームに移籍、そして引退してゆく。僕より2歳も若い、引退したときは30歳という若さで。


でも、ちょっと待ってほしい。パンドラの箱には最後に残されたものがある。これについては色々な解釈があって、どれが正しいかという経緯は分かれるが結論は同じなので書かせていただくが、パンドラが飛び出した災禍に恐ろしくなって閉めてしまった箱の底にはたった1つ残されているものがあった。

その名は『希望』(注1)。そう、箱には希望も入っていたのである。

その希望を手にした選手。前述した2人のうち、後者の名前は山崎一玄。背番号107番の打撃投手である。

一旦はタイガースから出て行くことになったが、甲子園の神様に好かれていたのだろう、孤立無援の中、懸命に投げていた姿を甲子園の神が味方したのか彼は帰ってきた。そしてその年に彼が現役では経験できなかった優勝を裏方さんとして経験する。

投手というのは打たれないようにするのが仕事のはずである。それが打たれることを仕事にする打撃投手。練習のある日、休日でも選手が練習するとなれば出てくることもあるだろう裏方さん。試合前の練習で、以前は自分が立っていた甲子園のマウンドで、打たれないように投げていたマウンドで、今度は気持ちよく打ってもらうために投げる投手。この1球が今日のヒットにつながりますように。と願いながらのマウンドだろう。そんな彼が希望を託すのは打撃陣の1本のホームラン、1本のヒットだろうか。

もう1人は福原忍。パンドラの箱から出てきた中で、一番辛かったのはあれほど夢中になっているように見えたスピードを一時諦めることだったろう。

しかし彼は箱の中の希望を見事に手に入れた。それから彼の復活への日々が始まった。キャッチボールの距離が30mに達したことが新聞に載る日もあった。投げるときに必死に歯を食いしばっている表情の奥には様々な感情が隠されているに違いない。彼の手にした希望。それは彼の投球でチームが勝つこと。彼が勝利投手になるということは、それはチームが勝つことを意味する。

確かにスピードは以前ほどは出ないだろう(それでも時々150kmを超えるが)。そのかわり渇望していた、彼の投球による勝利を得ることができ、自然とエースの称号を手に入れることが現実味を帯びてきた。何といっても今日現在(平成16年4月29日)無傷の連勝中である。

箱の中の災禍はもう出尽くした。残るは希望だけ。タイガースのパンドラの箱の中の希望を手にした男たち。山崎のピッチングはチームの打撃陣への希望(打撃陣による勝利)のために。福原のピッチングはタイガースの投手陣による希望(勝利)のために。そして僕たちタイガースファンの希望のために。甲子園の神様がくれたパンドラの箱に残った希望はまだまだこれからもタイガースの、そして甲子園を愛する人たちの頭上にあふれ続ける。



注1:一説には「前兆」。これを箱から地上に出すと、これから起こる事を予測できるようになってしまうため、人間は希望を失ってしまうとされている。いずれにしても「希望」は守られたという解釈のため、今回は広く解釈されている表現を使用しました。
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| T−コラム | 20:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
壹品(いっぴん)
一体いつからこんなにタフになったんだろう。4月22日の中日戦での彼の投球はそう思わずにいられなかった。振り返れば今シーズンは内容と結果が伴わないせいもあり勝ち星を上げていなかったが防御率は試合を作っているといっても差し支えないものだ。

彼の今までの10年のうち、その大半は内容と結果が伴わなかった。年間防御率が2点台でも大幅に負け越した。年間200イニング近く投げても良くて勝ち星と負け数が一緒だったということもあった。「自分がエース!なんとかしなければ!」という強すぎる責任感のせいもあっただろう。随分長い間、打線の援護がなかったから少しでも点を取られることが負けにつながってしまう。そんな苦い経験が、ランナーを背負うと必要以上の意識をさせるからか、甘いところに投げて痛打されてしまう。そうこうしている間に11年目を迎え、投球イニングも1,500を数えた。

雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・

打線の援護がないという「雨ニモマケズ」、起用法に納得がいかなかったこともあるだろう「風ニモマケズ」、自分への怒りもあっただろう「雪ニモ夏ノアツサニモ」、それでも彼は中央アルプスの険しい岩場に咲く、風雪に耐えるクロユリのようにひたすら耐えてきた。その姿は「ピッチャーとは孤独なもの。」と誰かが言った言葉そのもののような孤高な雰囲気すら醸し出していた。

メンタルタフネス。精神的な強さの中には気が強いとか、困難に向かって行くという意味に加え、平常心を保つということも含まれているのだろう。4月22日の中日戦でも自らの降板後、味方リリーフ陣がランナーを背負っても動揺する気配を見せず、タオルで汗を拭きながら声を出しチームを勇気づける彼の姿は「エースとは味方を信じ、どんなときも動じないこと。」をベンチにいる他の選手に教えているかのようであった。

どっしりとした下半身、均整の取れた体格、ピッチャーとして必要なものは全て持っている選手、そう言われ続けて着けていたエースナンバー「18」は投手としては王様のような番号なんだろう。これがデビューから長く続いていた。そして背番号「4」に変え、その呪縛から逃れ、挑戦者として本当のエースへの道を歩み始めた男。2002年から勝ち星の数も負け数を上回り始めた。もしかしたら恐ろしく大器晩成な選手で、じっくりと自分を「造りこんでいた」のかもしれない。

彼の名前の中の1文字に「壹」という文字がある(壹=壱の旧字体)。語源は「壺」と「吉」とを合わせたもので、壺(お酒の壺)の中で酒が発酵していっぱい(吉)になる意味を示すという。

雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・・ 彼が「プロの水」を10年分使用して熟成してきた酒は大吟醸か、焼酎か泡盛か。それとも洋酒でワインかシングルモルトなのか。いずれにしても頑固なまでにここまで造りこんできた逸品も、そろそろ飲みごろを迎えたかもしれない。

蔦に覆われた酒蔵の奥から蔵元の藪恵壹が出してくるこだわりの「壹」品(いっぴん)。この贅沢な勝利の美酒は昨日の一杯だけでは終わらない。僕たちは目の前に出される贅沢な美酒をありがたく頂き、素直に「美味しい。」と微笑めばいい。その姿を見て蔵元も静かに微笑む。ただそれだけの話である。      
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| T−コラム | 19:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
向日葵の揺れる中
 選手には様々な個性があるけど、ホームランにも様々な個性がある。速い打球でスタンドに突き刺すようなものもあれば、風に乗せる技ありなホームランを打つ選手もいる。

 タイガースのホームランで印象に残る選手は、やはり田淵幸一さん(前・1軍打撃コーチ)だろう。大きな大きな弧を描く滞空時間の長いホームランは、沢山の幸せを振りまきながら飛んでいく気がして、観ているこちらを幸せにしてくれた。僕は勝手に『幸せホームラン』と呼んで親しみを持っていた。これは田淵選手が西武ライオンズに移籍してからもずっと思っていたことだ。

 田淵さんの打球とは違うけど、同じように大きく空を見上げるホームランを打つ選手がタイガースに1人いる。桧山進次郎選手である。

 自分の観戦日と選手の活躍との愛称がどのくらいのものかは知らないが、昨年の観戦に限っては桧山選手との愛称は抜群だった。昨年の僕は甲子園で5試合観戦したが、そのうち3試合で桧山選手は大活躍。2回お立ち台に上がってくれた。

 4月18日 自身初のサヨナラホームランでお立ち台。
 7月18日 接戦にケリをつける決勝ホームラン。お立ち台は安藤投手。
 9月 7日 猛打賞でお立ち台。

 といった具合である。

 僕の記憶違いじゃなければ、大学生時代の桧山選手はどちらかといえばその打撃はアベレージヒッターで、ホームランバッターだったかなぁ?と思ったこともあったが、低迷期のタイガースでは4番も打ち、振り回すくせも付けてしまった。野村監督時代は代打になってしまったこともあり、試合に出られない辛さに人知れず悔し涙を流したこともあったという。しかし、そんなことを表には出さず、明るくチームを照らしつづける彼が選手会長を務めた時期にチームが優勝したのは桧山選手のチームへの気持ちと、たゆまぬ努力の賜物であることは間違いないが、加えて野球の神様からの贈り物だったのかもしれない。

 桧山選手の打撃のなかでも、左打者でありながら左中間に打球を飛ばすときのフォームの美しさは秀逸で、その打球もまるで測ったかのようにバックスクリーンの少しレフト側に飛んでゆく。
そして放たれる打球は弾丸ライナーではなく、大きな弧を描き、それはまるで太陽の軌道のような弧を描きスタンドへと飛んでゆく。その姿は他の打者とは一線を画す美しさだ。

 タイガースには投手に太陽選手がいるが、チームにも桧山進次郎選手という“太陽”が輝く。ヒーローインタビューでは誰よりも喜びを顕わにし、誠実さを隠せずにアナウンサーやファンに語りかける姿は暗闇すらも明るくしてしまう光と暖かさに満ちている。

 向日葵(ひまわり)は太陽に向かって伸び、太陽に向かって花を咲かせる。

 ライトスタンドで黄色いメガホンを振り、風に揺れる向日葵のように桧山ダンスを踊る花(観客)は桧山選手が放つ、明るさと暖かさに満ちた太陽のような打球に向かいこれからもメガホンを振り、歓声を上げ続ける。
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| T−コラム | 19:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
蘇生
 昔の有名な誰かが「期待とは裏切られるためのものである。」とか言っていて、確かにそのとおりな出来事ばかりがあるとそう思いたくなるときもあるけど、やっぱりワクワクしてくる。そんなワクワクな雰囲気を醸し出す選手がいると、1球に夢中になってしまう。

 思えば昨年はその当たり年で、プレイボール後の最初の1球、もしくはホームであれば、最初の打席の1球は目が離せないなんてものじゃなく、仕事で残業するにしても1回自宅に帰って第1打席を見てから職場に戻って残業したいくらいだった(そのおかげで昨年は何回、残業しないように昼飯をぬいたことか・・・)。

 実際、僕も現場でそのシーンを拝見したことがある。昨年の7月18日の対広島戦。先発ピッチャー黒田からの一発だ。薄暮の空に上がった打球は途中空の色と交わり姿を消しながら、スタンドに入るまで落ちてこなかった風景は、昨年を象徴する出来事だったと記憶している。

 このドキドキ、ワクワクをくれる代表的な選手である彼自身もインタビューで語っているが、この選手のファンには逆境に立たされている人や、それを克服した人が多いということだった。

 そんな彼の野球歴はプロ野球界でも屈指のものであることは広く知られている。PL学園⇒東洋大学というルート。しかも全日本にも選出されているとくればその才能は疑いようがなく、また才能だけで片付くようなコースでないことは明らかである。

 しかし当時のその表情などから、前々監督には伝わらず、彼自身としてはおそらく初めて挫折のようなものを味わってしまうことになる。当時の中日監督の星野さん(現・SD)は彼のトレードでの獲得を検討しちゃったくらい、才能にも実力にも秀でた選手だったのに・・・である。

 心機一転。という言葉がこの場合正しいか知らないが、指揮官が代わり彼も蘇生する。それは「再生」とか「復活」とかではなく、“蘇生”という言葉のほうがいいのだろう。それまでは6番だったり7番だったりした打順も当初は2番、赤星選手が怪我をしてから1番になった。そこからは本来の彼のアグレッシブな打撃が開花し、まさに彼は蘇生した。

 彼が打席に向かい、長身の体をやや丸めて構える。スタンドからは「突撃、突撃・・・」と始まるが、それを最後まで言い終ることがないうちに大歓声に変わる。そして球場にはファンファーレが鳴り響き、その中を彼は誇らしげにダイヤモンドを1周する。昨年も観た光景・・・・これがまさか今年も見られるとは思わなかったが、僕は幸運にも今シーズンの初観戦である4月10日に2球目で早速拝見することができた。僕がオリジナル・ユニを作るとき、背中の文字は誰の応援文句を入れようかすごく迷ったが、結局この選手の、このパフォーマンスにちなんだ文句にしたことは間違いじゃなかったと思ったら本当に嬉しくなってきた。

 ゼブラとか何とか言われたこともあった。表には出ないかもしれないが、打ったあとに塁を回るときに叫んでいる姿を見れば、内に秘めるものは隠しようがないことがよくわかる。

 猛虎の背番号7番は今年も『燃える闘魂』を『このひと振りに』込めて、“戦慄の”走る第1打席を相手の先発投手とベンチに沢山お見舞いしてくれるはずだ。私は彼の誇らしげな表情が大好きなのだ。

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| T−コラム | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
燃えろ金本
 アニキと呼ばれる選手がいる。

 何がどうアニキなのか、正直言って分からない時期が続いていて、自分としてもどうとらえていいのか分からなかった。

 移籍1年目の彼は、つなぐ打線の象徴ともいうべき活躍で、2番の赤星を生かし、開幕時の濱中には「打点王を取らせる。」と宣言した。そう、彼がいなければ「つなぎ」も何もあったものではなかった。

 『滅私奉公』という言葉がある。まさに彼はこの言葉どおりの活躍で、タイガースの躍進を支えてくれた。成績は自身としては納得できないものだったらしいが、MVPに押す声も高かったことはこの姿勢が高く評価された何よりの証拠だろう。

 それでも、彼は『アニキ』と呼ばれる。一体なにがアニキなのだろう?と思っていたが、意外なところで気がついてしまった。
 
 彼が首にしているネックレス(チタン入りのやつ?)を見たことがある方は大勢いると思う。彼が昨シーズンしていたものは赤い色のものであった。本人は否定するだろうけど、そこには故郷の広島東洋カープの赤を無意識に意識していたことも関係があるのではないだろうか。

 広島東洋カープ時代にFA資格を取得したとき、権利を行使してチーム残留を望んでいた彼だったが、その球団はFA行使を認めていなかった。山本監督も彼の残留を強く望み、球団に交渉もしたがそれは叶わなかった。その年の彼は自身の成績が自分でも納得しなかったらしく、「年俸減でもかまわない、再契約金も安くていい(一部報道では、ただ同然と言われてたが)から、権利だけは行使させてほしい。」と言ったということだが、それもかなわなかった。そこに星野監督(当時)の名文句「お前はタイガースに来ることになってるんや。」とともに彼はやってきた。

 まるでドラマのようだが、お互いに好きな男女(本人と山本監督)が親(球団)に仲を引き裂かれるかのような展開。タイガースに来てからも想いを忘れないためか、断ち切るためか、身につけた「赤」のネックレス。そう、彼の野球には『感謝』と『愛』があることに注目した。そうなったら彼を『アニキ』と呼ばずに何と呼ぼう。

 彼が続ける連続フルイニング出場。広島時代に、山本監督と星野監督(当時:中日監督)が「一番助かる選手は・・」という話の中で、「欠場しないで出つづける選手である。」と言っていたことを耳にし、「それなら俺は欠場しない選手になろう。」と誓ったというエピソードを聞いたことがある。その誓いを胸に今まで続けてきた努力。この男気溢れる選手をアニキと呼ばずに何と呼ぼうか。

 昨年の日本シリーズでサヨナラ・弾丸ライナー・ホームランをライトスタンドにぶち込んだとき、サードベースコーチは既に次期監督就任が内定していた岡田さんだった。その岡田さんが、アニキがサードを回るとき目を赤くして涙を浮かべていたそうだ。岡田さんにもタイガースへの言葉にできない気持ちがある。それを見て「次期監督が決まっている場合、ましてや自分がそうである場合、もうすぐ辞める監督の試合なんかは他人事のような顔をしている人もいるのだろうが、この人は違う。この人のためにも・・・」と岡田さんの気持ちに応えようと今シーズンは4番に座り出場を続ける鉄人。

 気持ちには気持ちで応える。さらに今年はホームランの分だけファンを温泉招待という懐の深さも見せる。まさしくアニキはアニキとして、タイガースを牽引するのだろう。

 首にしているネックレスの色も今シーズンからタイガース・カラーである黄色に変わった。広島への想いを今は懐の奥深くにしまい込み、タイガースへの昨年以上の強い思いが今年の彼を突き動かす。

 今年も甲子園には浜風が吹く。そのなかを名曲“SAND STORM”をバックに、打席に入る。躍動感溢れるスイングと共に、アニキの愛から放たれる打球は何十本もライトスタンドをひとまたぎするのであろう。

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| T−コラム | 19:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
4.10観戦記
 友あり遠方より来る・・・・と漢詩にあるように、遠方の友達と久しぶりに会うことは本当に楽しみの多いことだと思う。実際に会うのは昨年暮れ以来なので期間的には4ヶ月弱ということになる。

 甲子園が縁で知り合った僕たちが再会するのはやはり甲子園であることが自然であるようだ。当初は5月14日が再会の予定日だったが、観戦仲間の「たけさん、来ない?」というまるで近所の友達を誘うかのような気さくなお誘いをいただき、4月10日にその機会を得た。遠く離れていても、気さくに声をかけていただけるほど距離を感じないで接してくれる観戦仲間には心からありがとう。なのである。

 僕が住んでいる静岡市(合併前からの←こだわり)から甲子園には、「ぷらっとこだま」という安いプランを使ったとしても、新大阪までは片道8,000円くらいはかかってしまう。時間にすれば2時間半くらいだろう。さらにそこから甲子園まで1時間弱。その道のりは遠いような近いような。はっきり言えば試合に勝てば時間は早く過ぎる。

 昨年までの数年は、関東と甲子園を交互に行き来した観戦も、今年は地元開催を除けば甲子園のみにした。1試合で帰る予定は立てずに、1回の甲子園行きで2試合を観ることにした。こうすれば1試合当りの費用を浮かせることができる。

 友達とは本当に、本当にありがたいもので3連戦の3試合目のチケットがあるということでそれを譲ってもらい、今シーズンは日曜日がデーゲームの場合に初めての3連戦観戦もできるようになった。まさか、まさかが叶ってしまうというのは本当に嬉しいものだ。実は今回も金曜日は仕事を休んでいて、友達が言うには「言ってくれれば金曜日のチケットもあったのに・・・。」というから、さらに友達のありがたさを知ることになる。

 子供の頃、遠足といえば早く起きてしまったように、試合開始は16:00なのに僕が新大阪に着いたのは11:00だった。友達へのお土産のうなぎパイは前日に買っていた。とりあえず梅田に移動してタイガースショップで2004年版のマフラータオルとメガホンを買った。そして逆戻りのような感じで西中島南方へ地下鉄で移動。ホテルを探す時間を心配することも無く、駅の目の前にあった宿泊予定のホテルを見つける。

 ここまで来て何やってんの?と言われてしまうが、向かった先はマンガ喫茶だった(汗)。何とか余りまくった時間をつぶさなければならないのだが、また目の前にあるものでつい・・・である。

 そうこうしているうちに、今回誘ってくださった観戦仲間から携帯に連絡が入り、やっと甲子園に行くことになる。阪神梅田駅で「らくやんカード」を購入し、改札をとおる。いつも来るたびに買うかどうか迷っていたのだが、やはり切符を買う手間が省けるのは楽なことで、本当に「するっと」通過する。

 時間的に電車内は甲子園に行く人たちで一杯で、この光景は別コラムを参照していただければ、僕のこの光景に対する気持ちはわかっていただけるかもしれない。

 甲子園に着いた後は、再会を喜び、そしていつものようにダイエーで食料品を買い込む。寿司とフルーツを買ったくせに、なぜかデザートのフルーツから食べ始めるという逆の順番も物事を深く考えない僕としては問題ではないことだ。

 入場前に必ずすることは、甲子園横の神社へのお参りだ。でも僕の場合は“必勝祈願”ではなく、今回も無事に甲子園に来ることができたことと雨天中止にならなかったことへのお礼を込めて手を合わせるって感じの方が的を得ていると思う。

 入場が遅くなったので試合前のパフォーマンスやスタメン発表は終わったしまったけど中へ入って目に飛び込んでくる光景は、そこが紛れも無く甲子園であるということを実感させてくれる(これもまた別コラム参照)。

 試合は辛くもタイガースの勝ち。先発の福原投手も頑張ったし、今岡選手も得意技?の戦慄の第1打席@先頭打者ホームランを見せてくれた。敵ながらドラゴンズの井上選手は怖いバッターだし、岩瀬投手には今年もてこずりそうだけど、何とかタイガースは勝利を収める。ヒーローインタビューは今岡選手。

 1人で観に来て負けられると本当にへこむものだが、仲間がいればそうでもない。負けた悔しさは人数分で割って減っていくけど、勝った喜びは人数分の倍数になってゆく。試合後は今回も様々な友達と会うことができた。うなぎパイをみんなに配って食べてもらって、以前から拝見していた、とても明るくて楽しいイラストが描かれているサイトのNさんにイラスト入りのサインを書いていただいたりして試合後も楽しい、本当に来て良かったと思える時間を過ごさせていただいた。

 翌日は今回の大きな目的のうちの1つ、鳴尾浜でファームの試合観戦だ。ファームの試合だから試合開始直前に行けばいいやと思っていたら、前日に会ったOやんから「0:30試合開始なら、11:00には着いていたほうがいいですよ。」と教えてもらった。そのアドバイスどおりに鳴尾浜に11:00前に着く。するとどうだろう、3塁側の阪神ベンチ上は既に熱心なファンが座っているではないか。Oやん教えてくれてありがとう。またも観戦仲間に助けられる。

 そんななか、何とか4席を確保して練習を見る。デーゲームばかりのファームの選手は真っ黒に日焼けした顔で上に呼ばれるときを手ぐすねひいて待っている。甲子園で見たことがある顔もあれば初めましての顔もある。中でも目をひいたのは、今年のルーキーの“小宮山”捕手。この強肩はすごい!!他の選手の2塁までの送球は、多少はおじぎをするものだが、この選手の送球はまさに直線!!速さも違うし、高校時代に相手チームが走るのをやめたのがよく分かるくらいの肩だった。これからが本当に楽しみだ。

 試合は久保田投手の先発で始まった。去年は彼が1軍で投げる試合も見てきた。まだまだ上で投げるには時間が必要かもしれないが、はまったときのすごさはやはり目を見張った。

 相手の近鉄側のベンチを見れば、元・阪神の山村投手、松田選手(シダックス→阪神→ダイエー→近鉄)などがいて、敵チームながら筧選手はいい選手だなって思った。

 試合は負けたけど、この試合の中でとても印象に残ったことがある。

 2軍の試合では応援団もいなければ、トランペットも無い。この試合、1アウト満塁のチャンスがあった。バッターは秀太選手。このとき自然にどこからとも無く、♪もえーろ秀太 根性だー・・・ と声が起こった。すると他の場所からも ♪男の意地だ 突撃秀太・・・ やがてスタンド全体から ♪男の中の男ならお前のバットで決めてやれ と秀太選手のヒッティングマーチの合唱になった。決して誰かが誘導したわけでもなく、チャンスに自然に起こったこのヒッティングマーチはファンから愛される秀太選手らしいもので、そのせいか秀太選手も粘りに粘る。追い込まれてもファールで粘り、ついに外野へ鋭い打球が飛んだ。惜しくも外野手に捕られたが犠牲フライになったが打点1を挙げた。秀太選手には是非、甲子園でこの何倍もの声援をバックにプレイしてほしい。秀太選手(と平下選手)のヒッティングマーチは数あるものの中でも名曲中の名曲なのだから。

 試合の帰りはバスの待ち時間もあり、徒歩で甲子園まで歩いた。見知らぬ町を歩くのはとても楽しいもので、また静岡で聞くことができない関西弁はとてもやわらかい言葉で耳に優しく入ってくるものだ。日差しも柔らかで散歩日和な1日は甲子園までの道のりを短いものに感じさせてくれた。

 甲子園から阪神電車→地下鉄→新幹線で帰宅する。551の豚まん買って、土産を少々買い込みながら。帰りの新幹線では隣の席に必要以上に密着しあう男女・・・じゃなくて男と男!!がいて非常に奇妙な空気が流れたが、無事に帰宅できた。

 いつもいつも同じことばかりでお恥ずかしいのだが、本当に観戦仲間のみんなには感謝してもしきれない気持ちがある。大阪、兵庫、和歌山、京都と離れていても静岡にいる私を心配してくれる気持ちには本当に感謝している。今年も沢山の感動と想い出を積み重ねていけることを確信した甲子園1泊2日の観戦であった。
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| T−コラム | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
終わらない終わり
 いよいよお楽しみが始まった。そんな感じの3連戦だった。史上最強打線がどうの・・・っていうのは他の巨人ファンが勝手にやってくれればいい話で、僕たちのタイガースは等身大のタイガースであれば勝てるという感触を持った人は大勢いたのだと思う。

 よく讀賣さんとNYヤンキースを比較する人がいる。どちらも金額よりも勝利にこだわり、有力FA選手を取りまくるところは似ていないわけでもない。でも、讀賣さんはポジションがかぶる選手を取り漁るけど、NYヤンキースは必要なポジションに徹底的にこだわり、そのポジションの最高の選手を取るためなら、現在のレギュラー選手であっても放出する。これぞ適材適所というやつを地で行く補強をするという点では、どちらかといえばピンストライプと縦ジマのここ数年のタイガースのほうがタイプは似ていると思っている。

 決して無駄な戦力は獲得しない。ポジションがかぶる選手はいるけど、出られない選手がゴネたり腐ったりしていない。ベンチに一体感がある。という点は、日本のヤンキース気取りのチームには無いものだ。そもそも一緒にしたらオーナーのスタインブレーナー氏が血相変えて怒りそうだ。

 メジャーリーグとのオープン戦の結果は別物と思っていたけど、どうやらあの結果を見ると、そうそう別物でもなかったらしいし、むしろ両チームを比較する良い試験紙だったような気がしている。

 昨年の快進撃はNYポストだったか、ワシントンポストだったか、APだったか忘れたけど、『この快進撃はUSAで例えると、ボストン・レッドソックスが優勝するようなもので・・・』と紹介された。確かに両チームには共通点は多い。両チームとも長い長い伝統があるチームで熱狂的なファンがいて、強いライバルチームを持っていて、優勝から遠ざかっていて、ボストンには『バンビーノの呪い』があって、阪神には『カーネルサンダースの呪い』があるなど・・・。

 でも、そんなことを言っていても、その間ボストンはそれなりにプレイオフなんかにも出場しているし、タイガースはそれすらも叶わないくらいの成績を続けてしまった。タイプって言うのは似ているチームもあるけど、やはり独自の歴史は独自のものだ。

 昨年の快進撃は、確かにボストン風だったかもしれない。ならば今年もするであろう快進撃はどのように例えられるのか?興味は尽きない。どん底まで見た伝統チームが『闘将』により生まれ変わり、常勝チームになってゆく姿は映画の『メジャーリーグ』に似ていなくもないけど、言っちゃ悪いがもっと崇高なものに感じられる。

 ついにゆく 道とはかねて きゝしかど 昨日今日とは 思わざりしと

 とは、なりひらの朝臣が詠んだ歌(古今和歌集に載ってるよ)で、この場合の『つい』=『終』とは、人生の終=『死』ということになるんだろう。辞世の句って感じのものらしい。でもタイガースに当てはめて考えれば、この歌はどこまでもポジティブなものに聞こえてくる。

 『終』とは、常勝軍団としての姿であり、そのための道は頭では分かっている。でも、それができる日が来るとは思ってもいなかった。でも、それがついに目の前に見えるところまで来たのだ。あとは勇気を出して歩んでゆくかどうかだけ。そしてタイガースには『終』わりがないのだ。

 願わくば、どうか今シーズンも幸せな結果が得られますように。そして何度も生まれ変わりながら最高のチームになり、そしてそうあり続けるタイガースでありますように。
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| T−コラム | 19:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
お立ち台の選手会長
 Only? or One of many?

 正しい英語かどうかは知らないが、その1試合がどういうものかっていうのは人それぞれで、それが本音かどうかもわからないものがある。

 選手を過剰に意識させないために、首脳陣がある試合を指して「長いシーズンのうちの『140分の1』ですから・・・」と表現することがある。

 でもやっぱりファンとしてみれば、それは頭では分かっていながらも、腹の底まで理解できない不思議な言葉なんだと思う。

 ここで冒頭の言葉。本音かどうか分からない部分が出てくる。確かにシーズンは長いもので、そのなかの1試合は140試合のうちの1試合なんだけど、観戦に行っている自分、テレビで応援している自分、そして選手、特に1軍当落線上の選手にとっては決してそうではない。1試合は140分の1などではなく、1分の1なんだといつも思う。

 思い出せる人も多いだろうけど去年の夏のことだ。桧山選手たちが怪我をしてしまい外野手が手薄になったときにファームから上がってきた早川選手のことを。テスト入団合格の知らせを喫茶店に置いてある新聞で涙ながらに知った男が、崖っ渕のスタメン3試合目でバックスクリーンに放り込んで、ライトスタンドからの早川コールに帽子を取って深々と頭を下げた昨年の“1分の1”。その他にもたくさんあった様々な光景を。

 そういうものを思い出すたびに思うのは、やっぱりみんなの本音は別のところにあるのだろうってことだ。長いシーズンは“140分の1”を140回繰り返して“1”にするものではなく、1分の1を140回繰り返して“140”にするものだ。その気持ちを繰り返してシーズンを戦い、ファンもその期間の夢をチームに預ける。1分の1に全力を傾ける戦い。それこそが僕がタイガースからもらうことができた『NEVER NEVER NEVER SURRENDER』というやつだ。

 1分の1の積み重ね。昨年、星野監督(現・オーナー付SD)も繰り返し繰り返し「1つ1つ。」とおっしゃっていた。そして掴んだ栄冠。ほぼ決まり!と思っていてもナカナカ言ってくれなかった「優勝」という言葉。でもこの姿を昨年観てしまった以上、今年も楽しみにしたいものがある。

昨年7月上旬(6日だったかな?)ヒーローインタビューのお立ち台に1人の男が上がった。アナウンサーから「明日は七夕ですが、短冊に願い事は何と書きましたか?」と質問され、その選手はやや得意げな表情で胸を張ってこう言った。「優勝です!!」。

 今年もお立ち台で、同じセリフを聞かせてくれよ!頼んだぞ!!新・選手会長!!!
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| T−コラム | 19:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
そんな親子の甲子園
 甲子園に行ったときに目に留まるものの1つに、親子で応援に来ている家族の姿がある。

 様々な服装に身を包んだ子供の姿は微笑ましいもので、おそらく子供自身は今どんな場所にいてどんなことをしているかなんてことをよくわからない間にそんな格好や桧山ダンスを踊っているんだろうなって思っている。

 現に生まれている子供だけじゃなくて、おなかの大きい妊婦さんなんかもいたりして、良い胎教になりますね・・・・というより、椅子の上に立って応援しているけど大丈夫かな?という光景にも出くわした。

 子供たちはこういうことを繰り返しながら、やがて立派な阪神ファンになっていくことになるんだろうけど、そういう僕自身は何をきっかけにファンになったんだろう?と思い出しながら、この文を書いている。

 人それぞれのきっかけ。僕は縦ジマのユニフォームだった。子供の頃はBSやCSがまだ無くて、僕が住んでいる静岡というところは地上波が巨人戦しか放送しない土地だ。たまに放送される阪神VS巨人の試合のときはテレビの前に座り、戦う縦ジマを夢中になって応援していた。

 その縦ジマの選手で小さい体で豪快にかっ飛ばす31番の人が掛布さんで、大きな大きなホームランを打つ22番が田淵さんだったことは、縦ジマを好きになってから知ったことだから、もし縦ジマのユニフォームを他のチームが着ていたら・・・・タイガースファンになるまでもう少しの時間が必要だったかもしれない。

 家庭環境なんていうと大げさだけど、やはり幼少期の家庭環境がその後の志向に大きな影響を与えることは、どの球団のファンになるかにも大きく影響されるものだと思う。

 幼い頃の我が家は、親が某球団の系列会社で経理事務をやっていたこともあり、野球の帽子をねだればその球団のものをもらってきてしまった。近所のデパートで黒地に黄色いつばが付いている、「H」と「T」の帽子ではなく、当時は何の記号だかわからない、しかもいつもBクラスだった「Y」と「S」の帽子をかぶらされていた。近所の子供は「Y」までは同じでも、もう1文字は「G」であり、そのなかで・・・・というよりも「YS」をかぶっている他の子を見たことが無かったくらい、貴重な幼少時期を過ごしてしまった。

 ましてや静岡は公式戦といえば大洋ホエールズ(現・横浜ベイスターズ)主催試合ばかりで、その相手は中日ドラゴンズかヤクルトスワローズばかり。そのなかで、「YS」に染まらずにタイガースに染まったのは、これもひとえに縦ジマのかっこよさ、掛布さんと細腕で投げまくる小林繁投手のおかげだった。

 こういった他からの誘惑、方向付けに惑わされることが無く、阪神ファンになれる甲子園の子供たちが僕は羨ましくてたまらない。まぁ、実際はそんなことも無いんだろうけど関西に住んでいる子供は甲子園に行くと言えば1日くらい学校を休んでも許されるんじゃないかなんて思いたくもなる。

 他所様のことはどうか知らないが、タイガースファンでいることは代々受け継がれるべき『世襲の事業』だ。今シーズンは甲子園だけで自身としては過去最多の10試合の観戦を予定している。観戦の回数だけ、微笑ましい親子連れやかっこいい服装に身を包んだ子供たちを見ることができるだろう。そういった子供たちに、余計なお世話だろうけど「これからもずっとタイガースファンでいてくれよ。」とそっと言葉を添えずにはいられない。

 そして30面下げて1人で甲子園に出かける僕が言うことではないのだろうが、もしも将来、僕にも子供ができたら、泣こうがわめこうが首根っこを捕まえて甲子園に連れて行き、阪神ファンに育ててみせることだけは、いい加減な性格の僕にでも確約できることなのである。
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| T−コラム | 19:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
明けまして
 昨年途中から今年のようにチケット確保が難しくなると色々なことを言われるけど、結局は工夫していくしかないんだな。って思っている。

 特別なツテもない僕は、自分ができる限り電話をかけまくった。それだけのことだが今年も数試合は確保できた。あとは晴れますように・・・・と祈る毎日だ。

 幸運なことに今まで僕は雨天中止というものに出くわしたことは無い。昨年から甲子園は一斉発売になったけど、一昨年まではその日の天気が良いか悪いか分かってから出かけていたからだ。

 静岡から新幹線に乗り昼に新大阪に着く。梅田に移動して、阪神百貨店で買い物をして阪神電車で甲子園に行く。近くのお店で雑誌や弁当を買い、そのまま高架下に並ぶ。この時点で14:00くらい。平日ならこれで充分ライトスタンドに座ることができた。そして約2時間並ぶと当日券の販売が始まり、球場入りへ。そんなことを何年も繰り返してきた。

 並んでいる途中で、前後の人と仲良くなって話し込んで時間を忘れたりなんてことは珍しいことでなく、待ちきれずにヒッティングマーチなどを歌う人を眺めたりすることだってよくあることのうちの1つだった。

 昨年から始まった一斉発売にはメリットもデメリットもあって、その販売方法についても賛否両論があるだろうけど、僕たちファンとしてみれば与えられた条件のなかでチケットを取って応援に出かけるということは変わりがないことってことだ。

 さらに今年は全ての席を前売りで販売するから、試合によっては当日券を求めて高架下に並ぶ人たちを見ることができない試合も出てくることあるだろう。そういう意味じゃ失われた風景ってやつになるんだろうけど、感傷に浸る必要はそれほど無いと僕は考える。

 数年前まで最下位の常連に甘んじていた時期は、あのライトスタンドでさえも空席があった。チケットが売れるということはタイガースが強い証拠の1つ。それを思えばチケットが売れているってことはチームの調子が良いことだって考えよう。空席が目立つ甲子園・・・これは失われた風景にしてしまってもいい。

 シーズンの開幕も近づいてきた。阪神甲子園駅から甲子園球場に向かって歩く人たちの希望と闘志に満ちた顔を見ることができる日まであと少し。贅沢な希望だが、ぶっち切りすぎて他のチームが早々に『2位争い』を始めた昨年と違い、今年は昨年の日本シリーズの甲子園での試合のような、汚い表現かもしれないけど『ション●ンをチ●りそうになる』展開での優勝も見てみたい!なんて思う。

 暦の上での1年の始まりの挨拶は「新年明けましておめでとうございます。」だが、今年のシーズンの始まりの挨拶はやはり違うものになる。

「シーズン、開けましておめでとうございます。」と。

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| T−コラム | 19:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
東風ふかば
 いきなりだけど歴史のお話です。→→→→ 平安時代の超一流政治家・学者の菅原道真って人の名前を聞いたことがある人はかなりいると思う。そう、『学問の神様』といわれている人なんだけど、この人はあまりにも有能すぎてそれを妬んだ当時の最大派閥の藤原家に大宰府(現在の福岡県)に左遷されてしまった。

 この人の詠んだ和歌『東風ふかば にほひおこせよ 梅のはな 主なしとて 春なわすれそ』は余りにも有名で様々な解釈がなされている。「主人の私がいなくなっても季節を忘れず、春になったら香りを風に乗せて遠く離れた私にも届けておくれ。」と言った解釈や、その解釈の前に梅を擬人化し、追いかけてくる梅を優しく説得するように「離れていても香りが届けば近くにいるよ。」といった解釈などもある。更には離れてしまう妻を梅に例えて詠んだなどという解釈もある。どれもこの詩に込められる思いが起こさせたものだろう。(あ、東風は「こち」って読みます。「とんぷう」じゃないぜ!)

 前置きが長くなったけどタイガース。昨年暮れに甲子園に行って頭に浮かんだのはこの詩だった・・・などというとカッコ付けすぎだけど、この詩に込められた気持ちをほんの少し感じている。

 最近だって・・・・やっと2月になってキャンプイン、北風吹く季節である2月でも気持ちは届くかな?などということを筋金入りのなまくらで、思慮が足りない僕にしては珍しく真顔で考えてしまった。

 東風ふかば・・・・僕を含めて、僕よりも遠くでタイガースを応援する人たちの気持ちは届いているのかな。なんてことを少し思ってみた。ほとんどのファンにとって沖縄や安芸(室戸)は西(南?)に当たる。冷たい北風も、東の風も、タイガースへの自分の気持ちを届けてくれると思えば少しは寒さも和らぐってものだ。

 僕の住んでいる静岡なんかはシーズンが始まっても甲子園は近くはない。でも季節が変われば風向きも変わる。ってことは今度はタイガースからのお返しを風とともに受け取れるわけだし。もっとも、このチームに関しては端(はな)から風向きも何も問題にしないんだけど(あ〜ぁ、ここまで書いたことが台無しだ)。

 ってことで答えは簡単、気持ちは届いているに決まっている。距離が離れれば離れるほど思いは募る。物事は溜め込んだ後の方が爆発する力は強い。バネやゴムだって長く伸ばした方が反動が強い。何かの歌の文句で出てきそうな言葉だがそういう気持ちもあるってことだ。今の時期のようにタイガースの試合を近くで見れない日々は、次への充電期間と思えばそれでいい。タイガースだって、向かい風であろうと追い風であろうと、僕たちファンに気持ちを届けてくれる。

 神様にこんなことを言っちゃいけないが、やはり学問の神様は凄い。『東風ふかば』・・・この言葉で21世紀の梅も甲子園の感動も、その全てを阪神タイガースを愛する人々、スポーツを愛する人々に思いを伝える方法を、風という瞳に直接映らない物を使い三十一文字で教えてくださった。

 連覇へのスタートラインも見えてきた。これから半年以上、東風だけじゃなくて甲子園から風が生まれる季節になる。走り出したタイガースの熱波とファンの熱気はどんな向かい風にも負けないものだと信じているからね。
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| T−コラム | 19:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
Seasonal Greeting
 『Dear Mr.Santa Claus〜』サンタクロースの産地?北欧のフィンランドでは今もやっているかは知らないけど、日本の郵政公社にあたる国営中央郵便局(正式名称、忘れた)にサンタクロース宛ての手紙を書くとサンタクロースからのクリスマスカードが贈られて来る。そんなサービスが15年前はあった。

 このことは僕が通っていたつまらない高校の英語の授業で愛妻家のオッサン(職業は教師)に教わった。「サンタクロースは日本語が読めない」という設定になっているらしく、英語で書きなさいということで、クラスメイトがとりあえず書いたら本当にクリスマスカードが1月に来た!ということで現物を見せてもらったことを覚えている。

 日本には日本のサンタクロースがいる・・・かどうかは分からないけど、タイガースにはタイガースのサンタクロースがいる。クリスチャンでもない僕が、こんなことを言っていいのか?でも、やっぱりそう思っている。

 日本ではまだ特別視される光景なのかもしれないが、諸外国、特にアメリカではスポーツ選手として成功を収めている選手にとって、社会貢献に関心を持ち行動することは当たり前の光景となっている。○○○○ファウンデーションとかいうやつがそうだ。特にお金を使わなくても、子供たちに絵本を読み聞かせるパーティーを開いたり、自分の使った道具をチャリティーに出すというようなことでもいいらしい。

 星野前監督のときに顕著になったけど、タイガースは社会貢献っていうことで様々に活動をしている。人に幸いを分け与える存在として有名?な『あしながおじさん』にちなんだ名前の社会福祉団体にも協力しているし、個々の選手もボランティアや社会貢献を行っている。

 そんななか今年も1人、社会貢献に自分の力を注いだ選手が現れた。『赤い彗星』と呼ばれている選手だ。盗塁1つにつき車椅子1台を寄付しようとし、今年は自分で上限と設定した台数分の寄付をした。覚えている人も多いと思うが2003年の沖縄キャンプの朝の挨拶で、この選手は病床に伏せる方からのファンレターのことについて触れ、その年の活躍を誓っている。今回車椅子を寄付したこともそのことと無関係ではないだろう。

 ファンレターを出した方は、彼の走る姿に勇気付けられて出したのだろうが、出した相手がこれほどまでにサンタクロースのハートを持つ選手だったとは思わなかっただろう。もらった選手の方も自分のしたことで知らない人が笑顔になる楽しさを知ったら、こいつはたまらない快感になる。サンタクロースと言えば赤い服に身を包んでいるが、この選手は赤いリストバンドをし、おまけに名前にまで『赤』が入っている。トナカイのそりの運転はできないだろうけど、『電車の車掌の免許』は持っている。

この前のコラム?でも書いたが、『Happyは分け与えてナンボのもの』だ。これからもこの喜びが少しでも大きな輪になっていきますように、『星』に願いを・・・Merry Christmas.


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| T−コラム | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
Happy は 分け与えてナンボのもの
 「阪神を応援できるあなたは幸せですよ。」とは職場で隣に座る職員さん(Iさん)がおっしゃった言葉だ。曰く「自分以外の人のことを応援できるってことは幸せである。」。もっと言えば、自分のことで一杯イッパイな人は、他人のことを応援している場合じゃない、だから自分以外の人を応援できることを幸せと感じましょう。ってことを伝えたいということだった。

 言われてみれば確かにそうだ。僕の場合なんかも仕事を休み、私生活ではできる限り出費も抑え、一時期を除いて彼女も作らず(っていうか、出来ず)、ただひたすらタイガースを応援することだけに捧げているような年数が、気がつけば8年近くになった。

 ってことは、Iさんの考え方に沿うならば、僕は8年以上は連続して幸せだということになる。ん?いや、タイガースを今みたいに好きなのは子供のころからだから気がついたときから俺はずっと幸せだったんだ。ん?そうか??

 前述の8年っていうのは、実際に甲子園に行き始めてからの年数だから、この8年は「特に幸せだった」年数なんだなぁ。そうだ、そういうことだ。

 さて、そのタイガース。幸せの対象とするには相手にとって不足は無いくらいの相手である。いつも言っていることなのだが、僕のように地方から甲子園に行くと地元でタイガースを応援する人がいるからこそ、自分たちも応援できるってことに気づくときがある。もちろん離れていてもタイガースを愛する気持ちに変わりはないんだけれど、地元の方たちと応援する時の気持ちは、はっきり言って僕の地元で応援するときとは、僕にとっては全然違う。

 「『幸せ』は分け与えてこそ、ナンボのもの」らしいが、そういう点じゃ自分以外のものをあれほどまでに応援できる『幸せ』をたくさん持った人たちと甲子園で触れ合えば、こちらも幸せになるのは当然のことだって思う。その『幸せ』を分けてもらって帰ってきて、また次の『幸せ』をもらいに甲子園に行く。そして帰ってきて、その感動を甲子園にいけない人に分け与える。金は天下のマワリモノだが、幸せを独占することも難しいことだ。

 甲子園には魔物が棲んでいるとか言われるけど、魔物っていうよりは魔法をかけてくれるモノが棲んでいるんじゃないかって思う。そしてその生き物は甲子園に敬意を持って訪れるものには等しく分け前を与えてくれる気がしている。

 甲子園への敬意。ビデオに撮っている方は是非注目してほしいが、平成15年10月7日、読売を辞めてゆく原辰徳監督(当時)は最後の挨拶で、甲子園を「阪神甲子園球場」とただの1回も、最後まで球場名を略さずに感謝の言葉を述べている。こうした敬意を表せる人には甲子園の人たちも優しさを見せる。それがあの試合の光景を生み出したんじゃないかと思う。

 ・・・・・甲子園にいこうよ♪ 甲子園に向かって一歩踏み出そう。そこには阪神甲子園球場という聖地が、阪神タイガースが、そしてずっと前から、どんなときも阪神(自分以外)を何よりも大切に応援しつづけてきた『幸せ』を沢山抱える人たちが、手をこまねいて分け前を用意して待ち続けている。
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| T−コラム | 19:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
言葉の無い会話
 引き継がれるものっていうのは、お互いに特別な感情があるのかな?なんて思う出来事があった。

 11月22日に秋晴れの中、静岡草薙球場で阪神VS読売のOB戦があった。野球そのものを見ることは初めてじゃないけど、そこには初めて目にする光景があった。『同じ背番号を背にした選手が何人もいる』のである。

 『背番号』。今のタイガースの「29」といえば井川投手ってことになるけど、タイガースで29を背負う投手は井川以前にも、もちろんいた。そしてOB戦当日、球場には3人の「29」がいた。ゲストで来てくれた井川投手、本当に言ったのかは分からないが歴史に残ってしまう言葉を言ってしまった江本投手、日本一の85年のスタート時のリリーフエースの山本和投手である。

 他にも球場で目にした光景は懐かしさに溢れる光景だった。そこで行われているのは歴史を作ってきた背番号同士しかできない会話だったと思う。正直言って、僕はOB戦というものを簡単に考えすぎていた。懐かしい顔ぶれを並べただけなんてとんでもない。これは猛省しなければならない。

 今のタイガースを見てファンになった人たちにとっては、好きな現役選手の番号はそれだけで特別なものがあるだろう。でもなんか僕にとっては「6」は金本選手じゃなくて和田さんのような気がするし、「7」は今岡選手と真弓選手が半分ずつ同居している。これからは「77」も特別な番号になるだろう。他にも数え上げればきりが無いくらい、背番号には人それぞれ思い入れがある。だって、俺たちアルプススタンドで「タイガースの△△番っていやぁ、○○よりは□□のほうがイメージに近いよな。」なんて会話しちゃうし。

 他にもおそらく、僕と同世代の子供の頃からの阪神ファンにとって「22」(田淵)、「31」(掛布)、「44」(バース)、「16」(岡田)なんて番号は特別な思いを持つ番号だろう。もう少し年上なら「28」(江夏)も思い入れを持たざるを得ない番号だ。お父さん世代ならもっといろいろな番号が出てくるかもしれないし、おじいちゃん世代なら「景浦が・・・」なんてことになるかもしれない。永久欠番になってしまった番号を背負った選手をリアルタイムで見ていた人にとっては、それだけでもものすごい宝物だ。あ、でも個人的には「02」は忘れたい。

 そして今のタイガース。こういった歴史を背負いながら、自分の番号にするために挑戦する選手が今年も現れた。濱中おさむ。ミスタータイガースと言われた男の31番という番号を今年から背負い新たな挑戦を始める。期待された背番号を背負い、番号負け?してしまった選手もいたかもしれない。でも、その背番号に込められた期待だけは分かってほしい。言われなくても選手は授かった背番号を自分のものにするつもりだろう。

 背番号は何も言葉を発しない。でもあの日、静岡草薙球場にいた3人の29番。そこでされた背番号同士のものを言わない会話は、背負ってきた背番号の歴史を継承する、さりげないけど重厚な儀式だった。

 P.S.当日、バッターボックスに立つ「4」に「川籐!!」という声を何人かかけていたが、「山脇」を忘れちゃいけないぜ。
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| T−コラム | 19:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
選ばれし者
 選ばれし者の恍惚と不安、2つ我にあり・・・・

 と、文豪・太宰治(だったかな?)は何かの作品の中で書いていた。

 この言葉は格闘家・前田日明が団体設立興業の挨拶で引用してから一気にブレイクしてしまったが、まさにドラフトで指名された選手の心境を表しているんじゃないかって思う。

 選ばれた喜びと、プロでやっていけるかどうかの不安。これはほぼ全選手が持っている気持ちだろう。上位指名選手や社会人から指名された選手は即戦力の期待が高く不安は一層だろうし、指名順に関わらずプロの練習や生活についていけるかどうかの不安が、指名された喜びと共にジワジワ沸いてくることだろう。

 書くまでも無いが選手の枠が70人と決められている制度の中では、入団した人数分の選手は退団という形で球団を去る。トレードや自由契約、任意引退という方法で。

 自分もいつかはそのときが来ると分かっていながらも、それ以上の希望をもって入団してくる選手の勇気に僕は毎年拍手を送っている。希望球団以外なら社会人とか言っている高校生なんかじゃなければ尚更だ。

 そこで阪神タイガース。ドラフト戦略の話は詳しい人にお任せするけど、タイガースの若い選手を人は『若虎』という。特に鳴尾浜で汗を流し、1軍を夢見る若い選手のことを指して言う(のかな?)この言葉には格別の愛情があると思う。

 ポジションのかぶる選手をFAなどで獲り尽くし、若い選手にとっては夢もへったくれも無いような球団もあるが、タイガースには一発逆転でポジションを獲得するチャンスは比較的転がっている。

 このチャンスを生かすも殺すも自分次第。耳にタコができるであろう言葉だが、初心を忘れずに継続すれば、きっと力になって返ってくる。

 選ばれし者の『恍惚』と『不安』・・・・(プロである以上、技術や体力を備えるのは当然としても)『恍惚』はポジティブシンキングをもたらし、『不安』はそれを解消するための努力を呼んでくる。努力は才能を目覚めさせる呼び水だ。この2つに『自覚』と『自信』が加わったとき、若虎はきっと猛虎に変身するだろう。

 今年もまた、選ばれし者が様々な気持ちを胸にしまい、虎風荘の門をくぐる。

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| T−コラム | 19:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
風の棲む場所
 最近の子供はどうか知らないが、僕の子供のころは公園でする遊びといったら野球だった。ゴムボールとプラスチックのバットで人数に応じたルールでよく遊んだものだ。一番人気があるポジションはピッチャーなのはどこも同じだったと思うけど、掛布選手のファンだった僕はサードばかりやっていた気がする。余談だけど。

 みんなが野球に親しんだ原風景。それを今でも持ち続けているのが甲子園じゃないかって思っている。そんな環境の中でみんな野球小僧になってゆく。その野球小僧がそのまま大きくなったような人が次期監督としてタイガースの指揮をとる。一球入魂なんていうと大げさだけど、子供のころはその1球に夢中になって野球をやっていた。そして子供のころ憧れたであろう甲子園で、大きくなった野球小僧が次の物語を描いてゆく。

 その舞台となる阪神甲子園球場。ご存知のとおり最近多い屋根がある球場ではなく、人工芝でもない。下は土のグラウンド。これって子供のころ遊んでいた公園に近いものがあるんじゃないかな?芝生公園とかを除けば、みんなが遊んでいた公園は土がむき出しの公園でしょ?自然の風が流れる公園で、ときどき雨の下でプレーしたりね。

 セ・リーグの球場では神宮、横浜、広島の各球場が今でも屋根が無く、広島球場は天然芝である。しかし、人工芝の球場と比較しても遜色なく、むしろそれを上回るグランドコンディションを阪神園芸の熱心なケアでキープしつづける甲子園。他の球場より圧倒的に広い外野スタンドを持つ甲子園。球場の周りを覆う蔦のせいか、呼吸を感じる球場、甲子園。他の球場と違い、周りに高層ビルが少ないせいかまるで野球の国に来ている気がする場所、甲子園。

 風のいる球場甲子園。この球場でこれからもタイガースは涙と感動と笑顔を沢山くれるはずだ。

 それぞれの球場に、色々な特徴があるが、甲子園に行ったら是非顔を上に向けてほしい。美しい夕焼けを見てほしい。吹き抜ける風を感じてほしい。甲子園の芝はどこまでも美しく、空はどこまでも高く広い。

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| T−コラム | 19:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
必勝!!
はじめに
 うちの職場で日本シリーズの最初の2戦を観て、「やはりダイエーの方が強い。」とか、「さすが巨人OBの王が率いているだけあって阪神なんか眼じゃない。」などと言っている巨人ファンがいますがひとこと言っておきます。

勝つのは阪神!!
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やっぱり「夢」をもつというのは凄いことらしい。

「夢は必ずかなう。なぜならば『人は』夢を持つとその実現のために努力する生き物だからだ。」と有名な考古学の先生がおっしゃっていた記憶があるが、今年のタイガースは『夢を共有』することで実現に向かって行った。と言ってもいいかもしれない。

僕は今年のタイガースを表現するのに『情念』という言葉を使うときが多い。まぁ情念なんて大げさな言い方かもしれないが実際はそんな感じがしてくる。僕の勝手な日本語の解釈の中では『情念=強い思い』ってことになっているんだけど、この『強い思い』を今年のタイガースに当てはめた場合、『夢』と『悔しさ』の2つに注目してしまった。

 思えばタイガースほど日本のプロ球団でこれほど人間らしい球団もないのではないだろうか。監督交代、トレード劇では悲喜交々の様相がマスコミを賑わせることがしばしばであるが、これだって無機質な交代劇よりは見ているファンに色々な意味での思い入れを持たせてくれる。

 人間・阪神タイガース・・・・・。

 そこで冒頭の言葉だ。わざわざ『人は』にカッコをつけたのはそのためだ。もし『阪神タイガース』が生き物であり、人間の心が入っていたら(っていうか入っているとしか思えないけど)「夢」を持つことによって変わりうるのは充分考えられた。でも「夢」を持つことに慣れていない、または「夢」の実現の方法を知らない、ひょっとしたら「夢」を諦めている。そんなチームに夢を持たせそれを実現させる方法を教えに様々な人たちが力を出し、その共有した夢の実現に向けて実行したのが今年のこの結果だったと思う。

 確かに夢を持っただけでは人は変わらない。冒頭の言葉で見落としてはいけないのは「実現するための努力」だ。その点、今年のチームにはこれでもかと鍛錬に励む努力の化身とも言える鉄人もやってきた。そういった選手に触発され、変わった選手も当然いる。さらに昨年の盗塁王でありながらレギュラーを保証されず、努力に努力を重ねて140試合出場し、盗塁王と打率3割を達成した選手もいる。こういった結果的に夢の実現への努力を重ねた選手のいるチームが陽の目を見ないなんて事はない。

 そして『悔しさ』。一番悔しい思いをしていたのは1985年以来優勝から遠ざかっていたファンであるかもしれないが、今年のチームにも当然悔しい思いをした選手もたくさんいる。例えば藤田太陽。先発ローテーションに食込みながら怪我により戦線離脱。例えば藤川球児。同じ投げるにしてもファームの日本選手権ではなく、日本シリーズで投げなければいけない選手であるはずだ。例えば濱中おさむ。開幕4番、監督から期待されながらも怪我。試合に先発出場してさらに悪化させ日本選手権でDH復帰を果たしたが彼の胸中はこれで満足しているはずがない。例えば金澤健人。中継ぎ投手として登板数は多かったが数千万人が見ているであろう日本選手権で福岡ダイエーにボコボコにされ、悔し涙を浮かべた。数え上げれば枚挙にいとまないくらい、今年悔しい思いをした選手は多いはずだ。だがこの『悔しい』という気持ちを侮ってはいけない。一度悔しい思いをして、そこから逃げてしまえばそれまでだが、彼らがそんな選手に見えるだろうか?

 チームにはこの悔しさを克服した選手もいる。数年前ヤンキースに所属し、一見順調なスタートを切ったかのように見えたがオーナーから「太ったヒキガエル」と罵倒され、その後数球団を転々とし、慣れないストッパーの役割までこなしながらメジャーリーグでプレイ。しかし病床に倒れ帰国。しかし今年は1年間ローテーションの柱として働いた選手が。彼にしても人には言えない悔しい思いもしたことだろう。さらに藤本敦士。激戦ショートのレギュラーとしてシーズンを通して活躍したが、1つのエラーやミスでベンチに下げられ、そのような悔しさも味わいながら鍛錬し、見事最終戦で打率3割を達成した。

 悔しさを知った男、そこで歯を食いしばってでも前を向いた男は強くなれる。なぜならば悔しさを超えたところにあるものを感じることが出来れば何もしないわけにはいかないからだ。悔しさの向うにある喜び、それが夢であるとしたら。その夢の実現に向けてすることは・・・やはり努力と工夫が一番手っ取り早いかもしれない。遠回りに見えることが意外に一番近いってこともある。

 そう、僕の中では『情念』という言葉の中で『夢』と『悔しさ』はつながっている。

 そしてこの夢は今だけの夢では終わらない。ファームを見てみればまだまだ食い足りないくらいの夢を餌にして上を狙っている若虎が口をあけて待っている。屈指の長打力を持つ桜井広大、喜田 剛などの打撃陣。シーズン後半ではあるが上で登板した三東 洋など。これにドラフトでさらに有望選手が入ってくる。一時期、ファームは強いが1軍がBクラスであるタイガースを指して「1軍半の選手ばかり獲得するから、2軍では強いけど上では弱い。」などと陰口を叩かれたチームの面影はもはや無くなったと断言するのはこれでも時期尚早だろうか。

 これに加えて現在1軍で活躍する赤星、藤本、井川、安藤、福原たち。平下や関本だって今のポジションで満足するわけがない。前述した悔しさを散々味わった選手たちもまだみんな20代の選手である。まだ夢が叶っていない選手が沢山いる。当然、今いるベテランと言われる選手も黙ってレギュラーを譲るような選手ではない。それに1回の優勝で満足するわけがない。そう、本当の『夢』はこれからやってくる。星野監督が言ったといわれる『「なんや、今年はタイガースは3位か。調子悪いな」と言われるチームにしたい。』。こうなる日が来ることが、僕の夢の実現だ。

 今までの17年はこれから始まる『猛虎物語“夢の実現編”』のプロフィールみたいなもの。そして今回の優勝でやっとプロローグまでたどり着いた。本編はこれから始まる。

 僕の部屋には小さな黄色いダルマが置いてある。夢が実現したら両目を入れるつもりのダルマ。このダルマには未だ片目しか入っていない。

 最後に日本シリーズを戦っているタイガースにひと言。“今こそ一戦必勝!燃え上がれ猛虎魂”

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| T−コラム | 06:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
生活にタイガースがある風景
 コラム!!な〜んていうと本当にコラム書いている人に申し訳ないんだけどね。ちぃと感じた事を書いてみようかなぁ。

 10月10日、僕は静岡から自己最多、年間5試合目の観戦のため甲子園に行った(タイガースの試合観戦は今年10試合目)。前日夜に教えてもらった尼崎のホテルに荷物を置いて、袋にユニとはっぴとお土産詰めて、首からメガホンぶら下げて阪神尼崎駅へと向かって歩いた。

 その途中、チャリンコに乗っているおっちゃんに「兄ちゃん、今日試合あるんか?」と声をかけられ2〜3分立ち話。そして再び歩き出すと今度は犬を散歩させているおっちゃんから「兄ちゃん、今日誰が放るんや?」とまた声がかかるのでまた立ち話。地元の方にとってはなんと言うこともない出来事かもしれないが、この2人のおっちゃんのおかげで僕はすっかり『できあがって』しまった。当たり前のように生活に『阪神タイガース』がある風景。知らない人と挨拶代わりにタイガースの話ができる場所。やはりここはタイガースが近い地域なんだって。

 電車に乗ればユニフォームや様々な応援のグッズを持っている人がいて・・・。こういうのが当たり前のように見られる。でも、これって静岡から観戦に行く自分にとってはものすごく特別なことだっていつも思う。

 僕の地元にも『プロ・スポーツチーム』と呼ばれるものはある・・・Jリーグのチームだけどね。ブームの時はいざ知らず、今となっては一部の熱心なファンを除けば話題にもならないし、ユニを着て電車に乗っている人を見ても、街なかを歩いている人を見ても奇異の眼で見る人はいたとしても、かっこいいなどと思う人はほとんどいない。それは地元チームが優勝争いしている時期だって変わらない。チームのある清水地区だけは一部で盛り上がっているだけかも知れんけど規模は小さい。きっとベッカムは知っていても地元チームの順位を言える人は少ないんじゃないだろうか。世間では『サッカー王国』といわれる静岡でもこれなのに・・・。(っていうか、静岡って誤解されてるよね。サッカーばかりっていうか、県内でも一部の地域が外の地域に比べれば熱心かな?っていう程度だよ。それでもすごいのかもしれないけど・・・)

 話は戻るけど、そんな光景を地元で見ているだけに甲子園が近づくにつれて感じることができる空気というか、そういうものを感じることは僕にとっては応援する気持ちを『できあがらせる』には充分な時間なんだなぁって改めて思う。そしてそんな『できあがった』ファンが集う阪神甲子園球場。よく選手が「ファンの声援のおかげで・・・。」って言ってくれるけど、ライトスタンドで見ていると本当にそんなことが起こっている気がする。入るか?入るかぁ?!っていう打球が飛んでくるとき、「入れぇ!」、「ここまで来い!」という声援に乗せられ本当に打球がもうひと伸びしたような感覚ってみんな持ったことがあるんじゃないかなぁ?きっと選手もそう思ってくれているんだろうね。

 2003年4月18日。甲子園のお立ち台で伊良部投手は言った。「いやぁ、阪神ファンは世界一ですよ。」
 
 また違う日にはムーア投手も言った。「タイガースファンハ、イチバンヤー。」オマリー特命コーチは現役のころから「イチバンヤァー!」と言ってくれている。選手にこう言ってもらえるなんて、ファン冥利に尽きることはもちろんだ。でも光栄な気持ちと共に微かな違和感を感じるのは僕だけ?って気がしてもいた。「イチバン」なのは僕たちファンも自負していることだけど・・・っていう。

 阪神ファンのことを『トラキチ』という人は大勢いる。これも聞き慣れた言葉。でも考えてみれば、ファンにこのようなあだ名がついている球団が他にあるだろうか?僕の不勉強かもしれないが知っている限りでは広島東洋カープの『スクワット隊』くらいなものだが規模が違う。なんてことをかんがえていた。

 そんななか2003年10月7日。この日の試合をもって宿敵といわれる読売の原監督が解任に近い形で辞任した。その試合で原監督にエールを送るスタンドを占めた多数の阪神ファンを見て、このとき僕は阪神ファンはさらに一段階、昇った気がした。こんなことはきっと他の球場や他チームのファンにはできないんじゃないか?って思った。この光景を見ると「イチバン」というよりは『阪神ファンこそニッポンノヤキュウファン』・・・こんな風に思いたくなっていたことに気がついた。言葉尻を捕らえるわけじゃないんだけどね。こういうの、僕だけかなぁ?もちろん他球団にもチームに愛情を持って素晴らしい応援をするファンがいるし、それを否定したり悪く言うような考え方は好きじゃないし、そういうことを書くつもりじゃないんだけど。(どっかの球団みたいにね。)   

 それこそ僕の地元にあるJリーグのチーム。これが10年後はいいとしても、50年後にまだ存在するなんて自信をもっていえる人は地元でも半分いないんじゃなかなぁ?(ジュビロ磐田はあるかもしれないけど。)    

 プロ野球の球団にも身売り話は多い。南海がダイエーに、阪急がオリックスに、太平洋クラブがクラウンライターに、そして西武に。身売りはしなくてもロッテや日本ハムみたいにフランチャイズ移転もあったりする。でも阪神タイガースが50年後も変わらずにこの地にあるって言える人は100人中99人以上はいるんじゃないか?100年後も、いやプロ野球というスポーツがこの国にある限り甲子園に『阪神タイガース』がありつづけるって言える人ばかりだと思う。こんな素晴らしい球団のファンでいられることを、僕たち地方のファンも今以上にもっと誇りに思っていい。セ・リーグのチームがある地域、それと倉敷、松山、札幌あたりなら年に決められた数の試合をタイガースはしてくれるけど、それ以外のなかなか球場に足を運べない主にテレビ観戦のファンももっと誇っていい。なんと言っても、輝く『我等ぞ』阪神タイガースなのだから。『我等』のなかにはファンが入っていてもいいよね?!

 あと2ヶ月もすれば阪神タイガースの誕生日、12月10日がやってくる。1935年に株式会社大阪野球倶楽部として設立された球団に、今年は最大の喜びが誕生日のプレゼントとして贈られる機会が巡ってきた。このチャンス、『我等』で絶対手にしよう!!

P.S.文末ではありますが、宿泊先を教えてくれた方、チケットのご心配をいただきました方をはじめとする素晴らしい観戦仲間、こちらサイトやリンクされているけど僕としんさんが知り合うきっかけになったサイト(ライトスタンドノススメ様)でお世話になった皆様に、本来は直接お会いしてお礼を申し上げなければいけませんが、この場をお借りしてお礼申し上げることをお許しください。ありがとうございました。

※備考 ちなみに比較になりませんが12月10日は僕も誕生日です・・・33歳(´д`;) 。長い拙文で失礼しました。


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