神様の笑顔
24年前、というか1985年の秋、受験勉強もほったらかしてテレビの前でタイガースの勝利だけを願っていたことを今でもはっきり覚えているし、日本一となった喜びも覚えている。
その後、カーネル・サンダース人形を喜びのあまり道頓堀に放り込んだ(と当時の俺は思った)出来事は、やはり「いいのか?」と思った。そしてそれが「呪い」とまで言われるようになるとは当時は夢にも思わなかった。
やがて俺も関西に1人で観戦に出かけるようになる。1人で観戦していたころの宿泊は大阪市内か尼崎。特に大阪市内が多く、帰りに便利だった新大阪駅に近いホテルに泊まっていた。
試合がナイトゲームである場合、昼は決まって心斎橋商店街を難波まで歩いた。だってなんか面白そうだったから。その途中、必ず寄ったのが道頓堀のテントのたこ焼き屋。戎橋の隣の橋だ。あそこでたこ焼き買って、道頓堀を眺めながら(独特の臭いもあったが)たこ焼きを食べていた。そして思ったのは「カーネルさんどこにいるんだろ?」だったことも覚えている。だって暗黒時代だったんだも~ん。そりゃぁ出てくりゃ好転するって思いたくもなるよ。
そんなことを何度も何度も繰り返した。関西に行って甲子園で試合を見て、道頓堀でたこ焼きを食べて、また試合を見る。その繰り返し。それが俺にとっては関西遠征の基本行動だった。
その繰り返しの中で、カーネルさんはずっと道頓堀の中にいたということだ。それがどんなに長い時間だっただろう。冷たかっただろうし、臭かっただろうし、そりゃ人形と言ってしまえばそれまでだけど、それだけじゃない気持ちが85年の出来ごとで心に芽生えていた。
今回、引き上げられた姿は完全な姿じゃないけれど、それでも大よその形は戻ってきた。今後は甲子園に来てくれるように交渉中だけど、どうか来てほしいなって思う。もちろんあのとき道頓堀にいたわけではないが、なんかお詫びを申し上げたい気持である。
カーネルさんが阪神ファンであるという証拠はどこにもない。もしかしたら怒っているかもしれない。でも多くの阪神ファンにとってカーネルさんは他人ではないはずだ。
俺が通っていた高校では、授業の一環で外国人の講師を授業にお招きして本場の英語の授業を受けるということをやっていた。その時にクイズをやった。そのクイズは「ある人(モノ)を英語でヒントを出して当ててもらおう。」というもの。俺たちの班はそのときにカーネル・サンダースさんをテーマにした。
①いつもニコニコ笑っている。②どんなときも立っている。③白い服を着ている。④そして多くの街で会える。
そんなヒントを出したことを覚えている。外国人の講師は当ててくれなかった。その講師が言った答えも俺は覚えている。
講師の答えは「GOD(神様)」だった。そういやぁカーネルさんが胴上げされたのは“神様”バース様に似ていると言われたからだった。
もともとそのよう(笑顔)に作られたから当たり前かもしれないが、泥の中から出てきたカーネルさんが笑顔だった写真を見た時、俺は不覚にも涙がこぼれそうになった。長い年月を暗く、冷たく、臭い思いをしながらも、それでも笑顔だったことに涙があふれそうになったのだ。
ケンタッキー・フライドチキンのキャラクター?であることは周知の事実。でも23年を超える時を耐え、泥の中から引き揚げられたカーネルさんの笑顔は間違いなく神様のくれた笑顔だったと思う。
P.S.でも俺は鶏肉大好きだが、ケンタッキー・フライドチキンは何故か1回しか食べたことが無い。そのとき実に美味しかったので、これからはもっと食べようと思う。
その後、カーネル・サンダース人形を喜びのあまり道頓堀に放り込んだ(と当時の俺は思った)出来事は、やはり「いいのか?」と思った。そしてそれが「呪い」とまで言われるようになるとは当時は夢にも思わなかった。
やがて俺も関西に1人で観戦に出かけるようになる。1人で観戦していたころの宿泊は大阪市内か尼崎。特に大阪市内が多く、帰りに便利だった新大阪駅に近いホテルに泊まっていた。
試合がナイトゲームである場合、昼は決まって心斎橋商店街を難波まで歩いた。だってなんか面白そうだったから。その途中、必ず寄ったのが道頓堀のテントのたこ焼き屋。戎橋の隣の橋だ。あそこでたこ焼き買って、道頓堀を眺めながら(独特の臭いもあったが)たこ焼きを食べていた。そして思ったのは「カーネルさんどこにいるんだろ?」だったことも覚えている。だって暗黒時代だったんだも~ん。そりゃぁ出てくりゃ好転するって思いたくもなるよ。
そんなことを何度も何度も繰り返した。関西に行って甲子園で試合を見て、道頓堀でたこ焼きを食べて、また試合を見る。その繰り返し。それが俺にとっては関西遠征の基本行動だった。
その繰り返しの中で、カーネルさんはずっと道頓堀の中にいたということだ。それがどんなに長い時間だっただろう。冷たかっただろうし、臭かっただろうし、そりゃ人形と言ってしまえばそれまでだけど、それだけじゃない気持ちが85年の出来ごとで心に芽生えていた。
今回、引き上げられた姿は完全な姿じゃないけれど、それでも大よその形は戻ってきた。今後は甲子園に来てくれるように交渉中だけど、どうか来てほしいなって思う。もちろんあのとき道頓堀にいたわけではないが、なんかお詫びを申し上げたい気持である。
カーネルさんが阪神ファンであるという証拠はどこにもない。もしかしたら怒っているかもしれない。でも多くの阪神ファンにとってカーネルさんは他人ではないはずだ。
俺が通っていた高校では、授業の一環で外国人の講師を授業にお招きして本場の英語の授業を受けるということをやっていた。その時にクイズをやった。そのクイズは「ある人(モノ)を英語でヒントを出して当ててもらおう。」というもの。俺たちの班はそのときにカーネル・サンダースさんをテーマにした。
①いつもニコニコ笑っている。②どんなときも立っている。③白い服を着ている。④そして多くの街で会える。
そんなヒントを出したことを覚えている。外国人の講師は当ててくれなかった。その講師が言った答えも俺は覚えている。
講師の答えは「GOD(神様)」だった。そういやぁカーネルさんが胴上げされたのは“神様”バース様に似ていると言われたからだった。
もともとそのよう(笑顔)に作られたから当たり前かもしれないが、泥の中から出てきたカーネルさんが笑顔だった写真を見た時、俺は不覚にも涙がこぼれそうになった。長い年月を暗く、冷たく、臭い思いをしながらも、それでも笑顔だったことに涙があふれそうになったのだ。
ケンタッキー・フライドチキンのキャラクター?であることは周知の事実。でも23年を超える時を耐え、泥の中から引き揚げられたカーネルさんの笑顔は間違いなく神様のくれた笑顔だったと思う。
P.S.でも俺は鶏肉大好きだが、ケンタッキー・フライドチキンは何故か1回しか食べたことが無い。そのとき実に美味しかったので、これからはもっと食べようと思う。